<守りたいもの>
「俺は、何も守る事ができなかった」
馬超が劉備に帰順して新たな戦力となり、その夜は細やかながらの宴会が催された。
酒豪が揃う中、マイペースにしか呑む事ができない馬超は、ちびちびとゆっくり
杯の中の酒を空けながら、ぽつりと独り言のように呟く。
それに付き合いのんびりと呑んでいた趙雲は、思わず杯を持つ手はそのままに、
馬超の方を見遣る。
酒が入ると少し饒舌になるらしい彼は、まだ杯に残る酒を見つめながら、
小さく自嘲気味な笑みを浮かべる。
馬岱を守り、共に逃げのびる事で精一杯だった馬超は、
蜀の陣に姿を現した時にはすっかり表情をなくしていた。
当の潼関で起こった戦の詳細すら、趙雲は馬超ではなく馬岱から聞いたのだ。
「皆死んだ。俺は誰も守れなかった。
本当は、ここでこうして呑気にしている事すら罪なのかもしれん」
「そんな事は…」
ない、と言いたかった筈なのに、何故かそこまで言葉が続けられなかった。
何をもってそう断言できるのか。
そう思ったから。
「…迷っているのか?」
そう問い掛けて、探るように趙雲は馬超の表情を読み取るように見つめた。
彼の真意の片鱗でも、汲み取れればいいと。
「…解らない」
静かに首を横に振って、馬超はゆっくり目を伏せた。
「だが、本当は俺には何の力も無いのだろうな」
「どうしてそう思うんだ?」
まさかあの馬超からそんな弱気な言葉が出てくるとは思わず、趙雲は驚いて
声を上げた。
「…守れなかったからだ。あの場所も、仲間も、皆」
「それはお前の責任ではないだろう?」
「……しかし、」
生まれた時からの立場が違うからなのだろうが、趙雲には彼がどうして
何もかもを背負おうとするのかが理解できない。
だが先程、馬岱から降伏までの経緯を聞いた時に言われた一言が思い出された。
『若には、守るべきものが多過ぎた。そんなに器用な人じゃないのに。
我々が彼の足を引っ張ってしまった』
ゆっくり、心の中で反芻する。
誰のせいでもない、当然、馬超の責任であるはずもない。
ただ、相手が悪かっただけだ。
だがこの敗北が、馬超の自尊心を引き裂いた。
『確かに、私は若に命を救われました。
ですが本当は、若は最後まで立ち向かおうとしたんです。
たった一人になっても、立ち向かおうと』
それは、守りたいものが…守るべきものがまだ傍に残っていたから。
『逃げるよう説得して、やっと若はここまで来て下さいました。
…本当に、強情な方なのですよ…』
結局、馬岱がそうしなければ、馬超は死ぬまで戦う事を止めなかっただろう。
馬超がどうしてそう守る事に固執するのかは解らなかったが、元がとても
解りやすい男であったので、馬超のとりそうな行動は手に取るように
想像できる。
「…な、馬超」
「何だ」
「お前には、まだ守りたいものは残っているか?」
その言葉に驚いて馬超は顔を上げる。
向かいに座る男を見遣れば、趙雲は穏やかに微笑んでいた。
つられて、馬超の表情にも笑みが宿る。
「ああ、まだここに在る」
どこか安堵したような、そんな顔で馬超は頷いた。
杯を卓の上に置き、馬超はゆっくりと立ち上がる。
「…馬超?」
「少し、外に出て風に当たってくる」
「私も一緒に行こう」
趙雲もそう言うと、杯に残った酒を一気に飲み干し立ち上がる。
先にさっさと歩き出した馬超の後ろ姿に趙雲は声をかけた。
「今度は、守れるといいな」
その言葉に、馬超が立ち止まる。
不思議に思って趙雲が馬超の前に回り込み、その顔を覗き込む。
彼は、酷く驚いた顔をしていた。
「…馬超…?ばーちょーうー???」
ひらひらと馬超の目の前で趙雲が手を振ると、やっと我に返ったのか、
馬超は物も言わずに趙雲の横を摺り抜けて入り口から外に出た。
「お〜い、馬超??」
「孟起だ」
「……は?」
やっと返ってきた言葉に趙雲は目を丸くする。
「孟起…?」
「ああ。字は孟起だ。
これからは、そう呼べ」
言葉が出てこなくて趙雲がそのまま立ち尽くしていると、
馬超が一度だけ振り返った。
「クソ!守りたいものがまた増えたではないか!!
お前のせいだからな、趙雲!!」
まるで捨て台詞のようにそう吐き捨てると、馬超は一目散に逃げ去っていった。
何が何だか解らなくて、趙雲はもう一度起こった事を頭の中で整理する。
「守りたいものが、増えた…?」
馬超は、自分を見てそう言った。
「あ………」
思わず、口元を手で覆う。
今自分は気味悪いぐらいにやついているだろうと思ったから。
「私か……?」
守りたいもの。
振り返った馬超の顔は、のぼせたのかと思うぐらいに真っ赤だった。
思わず声が口から漏れる。
「はは…っ、可愛い奴だなぁ……」
だが、そんな事を本人の目の前でうっかり言ってしまえば、恐らく彼は
烈火の如く怒るだろう。
このことは自分の胸の中だけに隠しておこう。
そう決めて、趙雲はゆっくり外に足を踏み出した。
追いかけて馬超に自分の字を教えてやろうと。
「ああ…良い風だ」
酒が回って(恐らくそれだけが原因ではないだろうが)火照った体に、
少し冷えた風が纏わりつく。
その風を暫く感じるように立ち止まり、それから彼は歩き出した。
「…困ったな、私にも守るものが増えたようだ」
そう独り言を残して。
<完>
キリ番5000を踏まれた桜耶サマのリクエストで、趙馬SSです。
趙雲と馬超の出会い編というか何というか。(汗)
馬超がかなり俺サマでお子様なカンジになってしまったのですが、
一応、この2人は明るく元気で爽やかなラブラブにしたかったので……。
ラブ要素が少なくて申し訳ありません〜。(汗)
なにはともあれ、5000ヒットおめでとうございました〜!!(^^)