趣味のヨットで海に出ていたらすっかり遅くなってしまった。
片付けて遅めの夕食を仲間と取って、慌てて帰路につくがそれでももう随分な夜更け。
橋の手前で友人である宍戸と別れ、ぽつんぽつんと距離を置いて立つ街灯の仄暗い照明に
目を凝らしながら、跡部は一人、橋を渡る。
その先で、見てしまった。




一人は女性。
この暗い中ではどんな顔をしているのか判別がつかない。
そしてもう一人、その女性の首元に喰らいつくようにしている男が一人。
思わず足を止めて跡部はその光景に暫し呆然と目を向けていた。
そんな自分の存在に気付いたのだろうか。
女性から顔を離し、男が自分を見る。
どんな顔をしているのかちゃんとは解らない。
けれど、街灯の明かりを反射する丸眼鏡と、その奥で金色に光る目だけは
離れていても判別することができた。
そして唇から顎を伝う、赤いものも。




「……ッ、」




ニィっと唇を歪めて笑う男に、ざわりと全身に鳥肌が立つのを感じる。
危険だ。
それだけを判断すると、跡部は踵を返して一目散にその場から逃げ出した。










<Is this encounter accidental or is necessary?>










「路上の人間捕まえるのにも飽きてきたし、今日は久々に家ン中の人間にしたろか」


屋根の上、風見鶏のてっぺんにつま先だけで立ちながら、丸眼鏡を押し上げる男が一人。
黒いマントは夜の闇に混ざってもう分からない。
さてどこにしてやろうかとぐるりと見回して、ふいに近くの窓が開かれる小さな音に視線を向けた。
エモノはもう中に引っ込んでしまったのだろう、薄いカーテンが夜風にはためいていて、
その奥から柔らかい光が零れていた。
「あそこにしよか」
ニィっと唇を弧を描いて、男はまるで猫のように目を細めて笑った。


















自分の暮らすこの街に『ヴァンパイア』と呼ばれる人種が現われるという話はもう何度も
耳にしてきたことだ。
夜にしか活動する事ができず、太陽の光を浴びると灰になってしまう。
それから、十字架に弱い。聖水にも弱い。教会には入る事すらできない。
うっかり洗礼を受けた聖職者の血を吸ってしまうと即死してしまうとも聞いた。
銀でできた弾丸を銃で打ち込んでやれば、ひとたまりも無いと言う。
あと、ニンニクの臭いも嫌いらしい。これはどこまで本当なのか解らない。
こう改めて考えると、意外と弱点は多いのだなと思う。
それが、ヴァンパイア。つまり……吸血鬼と呼ばれる人種。
人の血を好んで摂取すると言うが、好みの問題なのか生活問題レベルなのかは解らない。
自分達がパンや動物の肉を食べて生きているように、彼らはまた自分達人間の血が
食料となるのであれば、一概に弾圧を加えるべきでないとも、思う。
だがそれは実際に被害にあったことが無いから言えるのだという事も理解しているつもりだ。
あの時橋の上で見たアレも……奴らで言えば『食事』だったのかもしれない。




橋の上で目撃してしまったヴァンパイア。
だがそれももう3年も経てば記憶は薄らいでくる。
どんな姿だったのかも思い出せなくなった、そんなある夜の事だった。




寝る前に夜風でも部屋に入れようかと窓を開けて、着替えようとしたその時だった。
ふいに窓辺に人の気配を感じて、跡部がおざなりに視線を向ける。
その双眸が大きく見開かれた。
「な……なんだ……?」
「こんばんは、ええ夜やね」
何処から入ってきたのか全く分からない。
そもそもここは3階だ、攀じ登ってくるのならそれだけで解るだろう。
聞き慣れない言葉遣いに、猫のように目を細めて笑う仕草。
髪は黒、瞳も黒。中はどんな服か分からないが、羽織っているマントも黒。
全身黒ずくめのクセに、肌は透き通るような白。
かけている丸眼鏡が、その存在の恐怖を遠ざけているような気がした。
「……どこから入った?」
「ココ。この窓からやで」
「何モンだ、てめぇ」
「忍足いうモンですわ」
「その忍足とやらが何の用だ?」
「……お兄さんの血ィ、ちょこっとだけくれへん?」




やっぱり。




どこかでそんな気はしていたのだ。
というより、見た目だけでも解ってしまう、ある意味解り易いファッションセンス。
ヴァンパイア。
「あ、言うても別に、無理矢理っていう気はあらへんで?
 ……取り引きせぇへん?」
「取り引き……だと?」
「せや。俺はお兄さんの願いを何かひとつ叶えたる。
 その代わりにお兄さんは俺に血を寄越す。どない?」
「………願い、ねぇ」
「そ。せやけど聞けるモンと聞けへんモンがあるしな、その辺の判断は俺に任せて
 貰うより他に無いねんけど。死ねとか言われへん限りは、なるたけ聞いたんで?」
「……ふ…ん」
窓枠に背を預けながら饒舌に話す男に、跡部は僅かに目を細めて見る。
もっと問答無用で襲ってくるものだと思っていたのに、意外と紳士的だ。
それにもうひとつ気になる事があった。
その丸眼鏡、もう随分と前に見た覚えがある。
「悪いハナシとちゃう思うねんけど?」
「………返事をする前に、質問を3つ」
「何なりと」
恭しく礼をする忍足を鼻で笑ってやりながら、跡部がベッドに腰掛けて足を組んだ。
「まぁ、そこに座れよ」
少し前まで自分が座っていた椅子を顎で指すと、素直に相手は従った。
「まず1つ目。
 願いはどんなモンでもアリなのか?」
「せやね。死ねって言われればお断りするけど。
 誰か殺して来いぐらいやったらやったんで?」
「へぇ…?」
「勘違いされたら困るし言うとくけどな、俺は別に善人とちゃうねん」
「相手との折り合いがつかなかったらどうなるんだ?」
「やー、単に契約破棄になるだけで、俺は此処から立ち去る、それだけや」
「それで今まで吸わせてくれた奴居んのかよ?」
「居るで?つぅか人間様は欲望のカタマリやしな。
 願いなんてナンボでも出てきよるわ」
ははは、と笑ってみせる忍足にひとつ相槌を打つだけで、跡部は次の質問へと移る。
「2つ目だ。
 血をやるって、実際どの程度なんだ?」
「んー……せやね、3口ぐらいやろか。
 別に相手死なすまで吸い尽くすワケやあらへんし。
 吸われた相手はちょっとクラっときて貧血起こす程度ちゃう?
 向こう1週間ほどレバー食い倒しとったら治んのはじきやで」
「世間一般で通ってる話をすると、だ。
 吸血鬼に血を吸われたヤツは吸血鬼になっちまうって話なんだが…」
「ハ!そんなワケあらへんやん。
 そんなコトしとったら、この街の人間みんなヴァンパイアやで」
「……それは言えてるな…」
「仲間にするにはちょお違う方法があるんやわ。
 吸うだけやったら絶対吸血鬼にはならへん。保証する」
それを吸血鬼自身に保証されても…と跡部は僅かに眉を顰めたが、敢えて口には
出さないでおいた。
では、最後の質問だ。むしろこれが本題とも言える。
「じゃあ、3つ目だがよ。
 お前………何年か前に会った事がねぇか?
 その丸眼鏡、覚えがある」
「へ?」
「港近くの橋の上で、」
「………あ…、あーあー!」
ポンと手を打つと、忍足はぶんぶんと顔を上下に振ってこれでもかという程頷いて見せた。
そして浮かんだ笑顔は、先程の猫のような笑みではなく、花の綻ぶような微笑。
不意打ちのようなそれに思わず跡部の心臓が跳ね上がった。
「あれ、アンタやったんかぁ!
 俺もよぉ覚えとるわ。
 あんな顔のキレイな子、女でもそうそう居らへんもんなぁ。
 や、なんですぐ思い出されへんかったんやろ」
「やっぱりテメェだったのかよ…」
「なんや、覚えとってくれるなんて光栄やわ……おおきにな」
くすくすと笑みを見せる忍足を眺めていて、恐怖感どころかどこか安堵の空気を感じていて
跡部が小さく口の中で舌打ちを漏らした。
いつの間にかヤツのペースに嵌ってしまっている。
「ほんで、どうなん?俺の案は」
「まぁ……悪くねぇとは思うけどよ……んなにすぐ願い出せって言われても
 簡単に思いつくモンでもねぇしな」
「ええで?ちょっとぐらい待ったるよ。
 その間は余所から貰てきたらええだけやしな。
 別に毎日吸わんならんってモンでもあらへんし」
「そうなのか?」
「せやね、大体一回吸ったら一週間は保つやろか。
 人間様の血は栄養満点やしな」
それは暗に、自分がダメでも別のカモが居るから構わないという事なのだろうか。
カモ扱いされるのも不愉快だが、そこまで軽視されるのも腹立たしい。
どうしてくれようか。
「……とりあえず、3日だ」
「うん?」
「3日、考える時間を寄越せ」
「なんや、そんぐらいでええのんか」
「ただし条件がある」
「…?」
「3日間、テメェは此処に通え」
「………はい?」
一瞬何を言われたのかの判断が遅れ、忍足は首を傾げて間の抜けた返事をする。
それに察しが悪いと苛ついた表情で跡部がもう一度口にする。
「3日間、この俺様の話し相手を務めてみせろ。
 満足できる結果なら……取り引きしてやっても構わねぇぜ?」
「3日か……」
僅かに思案するように忍足が眉根を寄せて俯く。
だがそれはほんの僅かの間で、意外と決断力はあるようだった。
「ええよ、3日間やな。夜の間しか居られへんけど、構へん?」
「ああ。充分だ」
「せや、お兄さん、お名前は?」
「跡部だ。跡部景吾」
「さっきも名乗ったけど、俺は忍足侑士。宜しゅうな」
頷いて答える忍足に、跡部が満足そうに目を細める。
その表情に一瞬ドキリとしてしまったのだが、忍足はそれを無かったコトにした。

 








それから3日間、約束通り忍足は跡部の元へとやってきた。
栄養は人間の血液からしか採れないが、普通の食物も口にすることはできると
教えてくれたので、律儀にも跡部は紅茶と菓子を用意して忍足を迎え入れた。
ああ見えて彼は甘党なのだと知ったのもこの時だ。
何をするでもなく、ただとりとめのない事をお茶を飲みながら話し、明け方前に
忍足は帰っていく。
蝙蝠に化けられると知ったのは、最初の日だった。
それも2度3度と見せられると慣れてしまう。
蝙蝠という生物自身も間近で見れば意外と可愛いものなのだと知った。
そういえば化けた時に丸眼鏡はどこにいってしまうのだろうと気になって、
ある夜にそれを訊ねてみれば、目の前で化けて見せてくれた。
小さな顔の上、雀の額より狭いのではと思われるそこに、小さな小さな丸眼鏡が
ちょこんと乗っかっていて、思わず腹を抱えて笑った。
すると元に戻った忍足が少し頬を赤らめてそっぽを向いたので、その表情が思わず
可愛いとそのままうっかり口に乗せてしまうと、ますます真っ赤になった忍足が
自分を睨んで抗議してきた。


その3日間は、跡部にとって「楽しかった」と言って良いだろうと、思われる。

















約束の夜を間近に迎えた、昼のことだ。
「うーん……」
学友でもある滝が、跡部の前に立ち何やら難しい表情で唸っている。
隣に立つ宍戸も不思議そうな表情を浮かべていて。
「……何なんだよ、萩之介」
思わずそう問うてみれば、滝は眉根を寄せたままでじっと跡部を見遣った。
「禍々しい臭いが残ってる」
「……アーン?」
こう見えて滝の家は代々教会を維持している由緒ある聖職者で、まだ若いが
滝自身も既に洗礼を済ませてあるというエリートだ。
だから、思い当たるフシのありまくる跡部が内心ギクリとしてしまったのは仕方が無い。
しかしそんな内情も解ってしまうのが滝萩之介という男だ。
宍戸は騙せても、滝まで騙せる自身は無い。
「ちょっと、帰りにうちに寄ってくれるかな、跡部?」
「ああ…別に良いけど、よ」
にこりと笑みを乗せて言う滝に、跡部はそう答えて同じように笑みを返す以外に無かった。








場所は変わって、教会。
教会は通り抜けて、裏手にある滝の家へと向かう。
滝の部屋に通されて、椅子を勧められた。
何故か宍戸までついて来てしまっているのだが、彼は好奇心のみで動いているのだろう。
「……最近、よくないモノが近くに居るんじゃないかな、って」
「よくねぇって……なんだよ」
滝の感じているものが曖昧なものなのであるならば、何とか誤魔化してしまいたい。
吸血鬼にとって聖職者は天敵だ。
それに退治するなんて言われたらたまったモンじゃない。
「血生臭いんだよ。そんな匂いを纏ってる」
「………。」
「え?俺全然わかんねー」
黙ってしまった跡部の隣で、宍戸が不思議そうに首を傾げた。
恐らくは聖職者故の…といったところだろう。
「思い当たるところがあるんだね?言ってくれるかい?」
「………断る、と言ったら?」
「あのさぁ、俺これでも跡部を心配して言ってるんだけど」
「それは……解ってる」
解っているから、尚のこと嘘が吐き難い。
というよりも嘘を吐いたら吐いたで滝の事だから見破るだろう。
「………実は、」
はぁ、とひとつ吐息を零して、跡部は観念したように口を開いた。








夕暮れ、跡部が一人家路を急いでいた。
この空が闇を覆うと、彼がやってくる。
だが、どうしたものか。
洗い浚いをぶちまけた結果、宍戸は驚いて目を丸くし、滝はこれでもかというほど
盛大なため息を吐いてくれた。
そして自分の身体を聖水で清められ、十字架を首にかけられ、ついでに鞄の中には1丁の銃。
もちろん弾丸は銀製だ。
ここまでされたら問わなくてもどうしろと言うのか一目瞭然である。
「さて、どうするか……」
自室に戻り、とりあえず机の引出しの中に十字架は片付けた。
清められた身はどうする事もできないから、仕方が無い。
残りのひとつ、銀の弾丸が篭められた銃を掌で弄って、跡部がまた短い吐息を零す。




これで、奴を撃てというのか。

撃てるの、だろうか。


奴を……忍足を、殺せと?


















夜の闇の中、開け放した窓から蝙蝠が一匹入り込んでくる。
それは窓辺で弾け、人の形を作り出す。
定刻通りで、全く感心する。
こういうところだけ変に律儀なのだから。
「こんばんは、跡部。
 …どや?約束の件………」
にこりと笑んで言う忍足の表情が、跡部の方を見て驚愕に固まった。
それもその筈、銃口が自分の方を向いているからだ。
ベッドに身体を投げ出すようにして座り、跡部が真っ直ぐ忍足に銃を向けている。
そして敏感に感じた、室内に満たされる聖なる気配。
「これが……お前の返事なんか?」
「動くな、忍足」
「……跡部、」
「動くなと言っている」
射抜くような視線で見られ、忍足は逃げることも忘れてその場に立ち尽くした。
多分今の状況ならば、跡部は自分を殺すことができるだろう。
それが解っているのに身体が竦んで動かないのだ。
どうして。




「なんで……なん?」

「何がだ」

「俺のこと、そんなに気に入らんかったワケか?」

「…………。」

「嫌いなんか?」

「…………。」

「憎いんか?」




どれも違う、と跡部は思った。
嫌いじゃない。憎いわけでもない。
吸血鬼だから殺さねばならないのか?
人間に害を成すものだからか?
確かに中にはそういった連中だって居るだろうとは思う。
だがそれは人間の中でも同じだろう。
異端の者だから排除するのか?
そんな勝手な話は無いだろう。
少なくとも……忍足が人間に害を成す者だとは思えない。
それに。




「……やっぱ、できねぇな」




ポイと銃を無造作に投げ捨てて、跡部が苦笑を浮かべた。
忍足はもう、自分にとって『必要な相手』なのだから。
「あ、跡部…?」
恐る恐る声をかけてくる忍足に手招きをしてみせると、遠慮がちに近付いてくる。
警戒しているのだろうか?
「心配すんな、撃つ気はねぇよ」
「あ、や、そうじゃなくて……な、」
「あン?」
「清められとるから……その、」
「怖ぇのか?」
「う…」
素直に認めるのが嫌なのか、忍足は言葉に詰まって視線を逸らす。
「死にゃしねぇんだろ?」
「そら、そうやけど……」
「来いよ、忍足」
「わッ」
手を差し伸べると、逡巡を見せながらも忍足はその手を取った。
ぐいと強い力で引き寄せられて、思わず驚きの声が上がる。
それに喉元で小さく笑って、跡部は忍足の耳元に唇を寄せた。




「怖がんな」




抱き込んだ時に感じた僅かな震えは聖水のせいなのだろうか。
「………ッ、うん…」
だが、声をかけてやればその震えはすっと収まっていく。
落ち着きを取り戻した事に内心ホッと安堵の息を零しながら、跡部があやすように
忍足の背中をポンポンと軽く叩いた。
「悪かった、驚かせたな」
「ホンマやで。心臓止まるか思うたわ」
「それは撃たれてからにしろよ」
「例えの表現やっちゅうねん!」
跡部の言葉にすかさず忍足がツッコミを入れる。
そして2人顔を見合わせて。


思い切り、笑った。














「そんで、最初に話戻るんやけどな、結局どうなん?」
「アーン?」
「願い事、決まったんか?」
「ああ……」
今日は最後の日なので、お茶もお菓子も無しである。
跡部はベッドに腰掛けているので、向かい合うように椅子に腰をかけると、
忍足はそう切り出した。
「決まりはした、けどよ……」
「なんや、跡部ともあろうモンが珍しく弱気やな」
「そりゃそうだろうな」
「うん?」
肩を竦めて言う跡部に、忍足が不思議そうに小首を傾げた。
「言って、そんな願いは聞けるかって却下されると困るしよ」
「……んな厄介事なんかいな」
「厄介といえば、厄介かもな」
「ふーん……」
ここまで躊躇してみせる跡部も珍しいだろう。
さっき銃を放り投げたのだから、自分の命に関わる事では無さそうだし、
何より、跡部だから。
この男の願いなら何でも叶えてやりたいと思ってしまったのは、どうしてだろうか。
「ええよ」
「……何が」
「ほな、まず何言われても断らへんって約束したろか?」
「お前……」
「跡部の事やから、俺にできる事とできひん事っちゅうのんはちゃんと考えてくれとると思うし。
 ちょっとぐらい難しい事でも、頑張ってみようかと思う」
「………いいのか」
「うん、ええよ。
 俺お前のコト気に入っとるんよ」
そうして、また花が綻ぶような笑みを見せる。
だからコイツは。




「………俺様のモンになれ」




きょとんとした視線が痛い。
我ながら恥ずかしい事を言ってしまったという自覚もある。
けれどもう、引き返せない。
「………今何て、」
「だから、ずっと傍に居ろつってんだよ」
「お前……本気なん?」
「当たり前だ。冗談ならもうちょっと気の効いた事を言う」
「………ホンマに、俺?人間の子と違うて?」
「バーカ、人間とか人間じゃ無いとか関係ねぇんだよ。
 俺はお前が欲しいんだ」
真っ直ぐ見つめられて言われてしまえば、何だかもう愛の告白のようにしか聞こえてこない。
思わず赤面して俯いてしまったのは仕方の無い事だろう。
だって、それはきっと。




「………ええよ」




ぽつりと呟かれた忍足の言葉に、跡部が僅かに驚いたような表情を見せた。
まさかそんなアッサリと聞き入れられるとは思わなかったから。
「せやけど……ちょお俺の方がリスク大きいやんなぁ。
 俺を手元に置くんに、血ィ吸うん1回だけやったら割りに合わへん」
「んだよ、そんな事か」
「跡部?」
「だったら、好きなだけくれてやる。
 ご希望なら専属になってやっても構わねぇんだぜ?」
「ほな、話は早いな。
 期限は……跡部が死ぬまで、ってコトで」
「ああ、そういうコトで頼む」
「ほな決まりやね」
あっちこっち行く手間省けてええわ、と呟いて、忍足が立ち上がった。
跡部の傍まで歩み寄ると、かけていた眼鏡を外す。
彼の両目が金色に輝いたのを見て、跡部があ、と声を漏らした。
「その目……前に見たな」
「あぁ、血を戴く時はこうなんねん。
 別に眼鏡外す必要は無いねんけど、ま、サービスや」
「何のだよ」
今度は忍足の言葉に跡部がツッコミを入れ、また顔を見合わせてクスクスと笑い合う。
本当に、この男は。
そう思ったのは2人同時だった。
「こうまで気の合う奴に会うたん、初めてやわ」
「俺もだ」
「ほな、ちょおチクっとするけど我慢してや?」
「……注射じゃねぇんだからよ」
「まあまあ、似たようなモンやて。献血気分でいこうや」
「何だそりゃ」
跡部の肩に手をかけ、首元を隠す髪を丁寧に払い除ける。
露になったそこに、忍足の唇が触れた。
「つッ…」
何かが刺さった感触に、思わず跡部の眉間に皺が寄る。
首筋が、唇の触れている部分が、熱い。
そう思った次の瞬間には、頭のてっぺんから血の気が引いていくような感覚に、
ぐらりと傾きかけた身体を慌てて忍足の背中に腕を回すことで何とか耐えた。
こくり、と忍足の喉が3度動いて、ゆっくりと唇が離される。
勿体無いとばかりに首を伝う血液を舐め取ってから、ペロリと唇についた血も
舐めてしまう。
その仕草がとても扇情的だと感じた。
「うん、極上。アタリやな」
「……バーカ」
悪態を吐きつつも貧血を起こした身体はどうしようもなく、跡部はバタリとベッドに横たわった。
ひょいと覗き込んでくる忍足の目は、もう元の黒に戻っている。
「大丈夫か?」
「あぁ……寝てりゃ治る」
「明日からレバーやで?」
「……俺はホウレン草の方が良い」
「我儘な奴っちゃな〜…」
傍でケラケラと笑う忍足の後ろ頭に手を伸ばして、跡部は自分の方へと引き寄せた。
その程度の力なら残っている。
触れ合わせた唇からは血の味がして、自分のかと思った瞬間、冷えた身体に
僅かに熱が戻るのを感じた。
それが何なのか、貧血の頭では考える事も億劫で一先ず置いておくことにする。




「これで、忍足は俺のモンだな」




ふと口元に笑みを乗せて跡部が言えば、くすりと笑みを零した忍足が
ベッドの端に肘をついて頬杖をつきながら答えた。




「これで……俺は、跡部のモンやな」












人間と吸血鬼、彼らの非日常はここから日常へと変わっていく。













【END】







130000ヒットを踏んでくださった星流清明さまからのリクエストです。
『ヴァンパイアパラレルで跡忍。どちらかが人間でどちらかが吸血鬼』
とのコトでした。
跡忍と呼ぶにはかなり微妙な仕上がりなんですけど、どうぞお納め下さい。


どっちかが、という事でまず最初に浮かんだのは吸血鬼べっちで
人間おっしだったんですけれども、何だかそれでは余りにも自分的に
お約束ではないのか?と思ったので、思い切って逆にしてみました。
どうもそれがアタリっぽくて、すいすい書けてしまったんですが。(笑)


ヴァンパイアパラレル自体はいずれ部屋を作ろうと思うのですが、
まずは2人の出会いを星流さまへ。
130000ヒットおめでとうございました!