<日常>

 

 

 

「どこかに、行きませぬか?」
「・・・・・・え?」
「だから、拙者と、どこかに行きませぬか?」
雪が融けて、春がきた。戦も、しばらくはないだろう。
ちょうど、そんな時。
「張コウ殿?どうされた?」
「ど、どうしたって、徐晃殿」
急にそんな事言われても。
徐晃の口から、そのような言葉が出てくるとは思わなかった。
「張コウ殿、らしくないですぞ」
「徐晃殿だって」
本当にお互い様。
何気ない言葉を交わして、笑い合うのも、もう日常。
「じゃぁ、そうですねぇ。空が見える、大きく開けた場所」
「いい丘があります、そこならきっと気に入っていただける」
なにせ自分も気に入っているので、と徐晃は付け加えた。
そこに行けば、春の暖かい日にもあたれるだろう。
特に仕事もないし、あったとしても。自分は多分、徐晃についていく。
「徐晃殿が」
「?」
「徐晃殿が、私にそう言ってくれるなんて思いませんでしたよ」
「・・・自分でもそう思います・・・」
まぁ、人間が突発的にする事なんて、いちいち理由も考えられはしないだろう。
「じゃ、息抜きにとでも考えておきましょう」
「馬を、用意して参ります」
徐晃が本当に嬉しそうに笑い、張コウもつられて笑う。
ふと自分が笑った事に、今気付く。忙し過ぎて、最近笑っていなかったな、と。
遠ざかる徐晃の背を、ただ見ていた。徐晃といれば、笑えるではないか。
いつまでも、こんな時間が続けばいいとは思うのだけれど。
乱世に生まれてしまったからには、それは奪われてしまう事だろう。
だから、今ある時間を過ごせばよいのだ。そう決め込んだ張コウは、馬の用意を徐晃だけには任せられないと、後を追った。





「はー、こんなところがあったのですか」
「意外と皆知らないのですな」
皆忙しいから、なんて言葉1つで片付けられるだろうか。
冬の厳しさは何処へやら、既にそこの空間は暖かい春のように広がる。
「戦場には、人がいすぎますからね。このような静かなところに来ると落ち着きます」
馬で駆けて、そう経たないところだった。城や、城下町の様子が一望できる高い丘。
しかし、かなりの坂だったため、馬はもう疲れ果てているようだ。
馬に草を食ませていた徐晃が、すっと張コウの隣に座る。
「張コウ殿も、座るとまた違う風景が見られますぞ」
深呼吸をしていた張コウが、では、私もと腰掛ける。
少しだけ、沈黙があった。
「暖かいですねぇ」
「・・・・もうすっかり、春ですな」
「町の様子が見れるのもいいですが、座れば山と空だけしか見えなくなる。それもまた、綺麗ですね」
そういえば、こんな形で二人っきりになって、並んで景色を見る、なんてことをしたのはおそらく初めてではないだろうか。
それを思ったのはお互いらしく、同時に顔を見合わせては笑った。
ここに流れる時だけは、非日常。
「張コウ殿は、いつも何処を見ておられるのです?」
「は?」
質問の意図がわからなくて、張コウは首をかしげる。
今日の徐晃は、おかしい。
「あ、いや、張コウ殿はいつも笑ってらして、・・・悲しい時とかも、多分笑っておられるのでしょう?」
「―――徐晃殿?」
「悲しい顔など、見た事もないので」
ああ、なんだ、そんなところまで見ていてくれたのか、と張コウは今になって思う。
自分の想いに気付いたのは、随分前だと感じている。その想いを伝えたのも。
「ああ、そんな事なら、理由は簡単ですよ」
「つらくはないのですか?」
「つらくなんかないですよ。徐晃殿には絶対に悲しい顔など見せない、と決めているのです」
徐晃殿はすぐに心配するから、と後に呟く。
「徐晃殿の方こそ、ではないですか?いつも真面目な顔をして」
「張コウ殿のようには、隠すのは得意ではないのですが」
また、おかしな事を言う。
「私も得意ではないのですよ」
「どこがでござるか・・・」
「ならば、」
決めましょうか、と張コウは徐晃の肩を組む格好になる。
「お互いに、悲しい時ぐらいは悲しい顔を見せ合いましょう」
「悲しい顔、ですか」
「隠し合いなどせずに、ですよ」
張コウにとって、徐晃といるだけで笑う事はできるのだけれど。
徐晃はそっと、張コウの背に手を添えた。
張コウの隣にいれば、暖かい。
雪も融けて、春がやってきたのに。なのに、どうしてこの人の心は寒いままなのか。
痛々しい笑顔を見て、それに気付く。何があったのかは知らないが、張コウの心には、春はまだ届いてはいない。
だから、誘ったのだ。この日の当たる暖かい場所に、一足、本の少しだけ早く春が訪れる、この丘に。
それは、張コウも求めていたのではないかと。張コウが、空が見える場所を求めたのも、心が寒かったからかもしれないと。
少しだけ、徐晃は自惚れる事を許してほしい、と心の中で呟いた。
張コウが、笑ってくれればいいのだから。
「徐晃殿と一緒にいるだけで、私は笑えますよ」
組んでいた腕を徐晃の肩から外す。
「―――え、そうなのですか?」
「? どうしましたか?」
徐晃の反応に、張コウは戸惑う。
「・・・・・・それは、張コウ殿だけが思っていることではない、ということに・・・」
少しばかり照れたのか、徐晃は俯きがちに言う。
「え、それって」
「多分・・・」
「徐晃殿も、そう思っていてくれたってことですか」
「・・・・・・・・・・・」
そうでござる、と小さい声で紡がれたのが、張コウには聞こえた。
「・・・もっと、率直に言ってくれてもいいのですよ?」
「張コウ殿・・・」
「今日はこれで、充分ですが」
そう、これで充分。
自分の想いは空振ってなどいないということ。
「もう、来れないかもしれませんね・・・ここ」
「忙しくなりそうですしな。これから、ますます」
春が終わって、夏、秋が来て、また冬が来る。
それは繰り返すのに、ここの空間にながれる時間だけは、もう来ない。
それがいいんだろうけれど、張コウはふと暖かい色をした空を見上げた。
「さぁ、帰りませぬか」
「・・・・・・そう、ですね」
本当は帰りたくなどないのだけれど。
「一緒に、いましょうか」
日常の中で、一時でも多くの時間を





何気ない言葉を交わして、笑い合うのも、もう日常。
ここに流れる時だけは、非日常。

 

 

 

<完>

 

 

 

珠礁サマのHPで3594キリバンを踏んでしまいまして。
ちゃっかり張徐を戴いてしまいました〜〜〜vvvvv

もうほのぼのっぷりがたまらなく可愛くて幸せで
背中がこそばゆくなってしまいますvv(笑)
やっぱ、お互い想い合ってるのって萌える…!!(><)

 

ありがとうございましたvvvv