ああ、そういうことかもしれない。

 

 

 

 

<< as I see it , >>

 

 

 

 

 

榊太郎はどうしてこんなところで経費をケチろうとしたのだろう。
いや、もしかしたらケチるつもりではなかったのかもしれないが、
それは尚更悪いと思う。
なんて今更ながらに思いつつ、恐る恐るヒーラーでニンジンの皮を剥いていく。
隣では鳳がブロッコリーを洗い、その隣では樺地が包丁で器用にジャガイモを剥いている訳で。
そしてその3人の目の前には、3年生のジャンケンで負けたらしい忍足先輩が、
お目付け役として座っている。

 

「…日吉?そない同じところを3回も4回も剥いたら食うとこ無くなってまうよ?」

 

頬杖をついて見上げてくる眼鏡越しの目が細められ、口元を隠して震えるのにはっとする。
手の中のオレンジ色も眩しい野菜は確かに、一面だけ平らになっていた。
一体、どこまでが皮なんだ…。
面倒臭すぎて涙が出そうだった。

 

 

 

元はと言えば、夏の大会を前にしてのコンディション調整と最終的なオーダー作成の参考に、と
レギュラーと準レギュラー数名で行われているテニスの合宿の筈が、食事は自炊のこと、
などという監督の方針のせいで、2日目の夕食当番である俺たちは練習時間を削って
炊事をしている。

本日の献立は、先輩曰く「合宿らしい」夏野菜のカレーとのことだが、「男子厨房に入らず」で
育てられた俺や、違う意味で厨房になんて近付いたことも無いんだろう鳳は途方に暮れるばかりで、
カレーへの期待は全て樺地が負っていると言っていい。
…などと、またも考え事をしている間に、ニンジンは長方形の物体に変わっていた。
整った面に如何とも表現しがたい表情を浮かべた忍足先輩は、おもむろに立ち上がると包丁を準備し、
洗って置いてあるニンジンを剥き始めた。

「手際ようせんとな、今あっちでテニスに夢中なんが空腹を自覚したら大変なん…」
「わー、先輩すごく手馴れてらっしゃるんですね!料理とかなさるんですか?」
ザルに上げたブロッコリーを危なっかしい手つきで切っていた鳳が、包丁の手を止めないまま
顔を上げて感嘆の声を上げるものだから、先輩と2人して慌てて止めに入る。
「ちょ、手、手!」
「切る切る!」
指先すれすれで2つに切れたブロッコリーを見下ろして、自然と零れた溜息が2つ分。
かなり申し訳なく思いながら顔を上げると、予想外の至近距離に先輩の顔があって少し慌てた。
それは俺だけじゃなかったようで、まな板ごと後退する俺と平行して、ちょっとずつ長身を
引きながら鳳を嗜めている。
「…包丁持っとる時は、手元から目離したらあかん、ええ?」
「はい、……えへへ」
叱られたにもかかわらずどこか嬉しそうな鳳、とその隣ではジャガイモが樺地の繊細な包丁さばきによって、
まるで型押ししたようなサクラ型を作っている。
ジャガイモだから炒めたら角が取れてしまうんじゃ、と首だけ傾げてみたけれど。
「お、樺地めっちゃキレイやん。そしたらそれとニンジン炒めよか?」
と褒められた時のつぶらな瞳の輝きを見たら何も言えなくなってしまった。

 

しばらく時間も忘れて料理をしていた俺たちの前に、その人が現れたのはそんな時だ。

 

「よお、飯は間に合うのかよ?」
「…跡部」
カレー用のニンジン、肉に続いて、今度はサラダ用にキャベツを細く切っていく忍足先輩の肩口から、
まな板を覗き込むように顔を出したのは跡部部長だった。
椅子に2人並んで、煮込む前に加える予定の枝豆を房から取り出す鳳と俺、それから鍋で野菜を炒める
樺地を視線で一巡し、細い眉をちょっと寄せて忍足先輩の顔を見る。
先輩は、何を言われたわけでもないけれどふわり、と微笑んで緩く首を振った。
「大丈夫や。この子ら思ったより全然使えるで?」
そんな風に答えて、俺たちをフォロー…してくれた。のだと思う。
テレパシー?
か、は分からないが、それを聞いて確かに部長周辺の空気が和んだ。
「お前の基準が非常に気になるところだが、まともっぽいものが出来そうで安心した」
「昨日はちょお…、あれやったもんな…」
「火事にならなかっただけ良かったとも言うな」
「ラケット以外は持たせんでええよ、あいつらは。花畑要員ってことで」
「何だそれ…」

「忍足先輩って、何かすごい……」
苦笑とはいえ、部長に笑顔さえ浮かべさせるのをを見て、感心して思わず、といったように
鳳が零した言葉に同意しないでもなかったが、それは心の中だけに留めておいた。
そして実際のところ、見上げる目の前の2人の距離はさっきの俺と先輩よりも近い。
それでも少しも動じる風の無い、ってことはつまり。…つまり?

 

「げえ!豆は豆だけで食わせろよなー!!」
「ぅおぉ!」
唐突に頭上で響く大声に、不覚にもおかしな声を上げてしまった。
「向日先輩…」
呆気に取られて、少し間の抜けた鳳の言葉で名前を聞くまでも無く、
俺の頭の上に顎を乗せて喋るなんてことをするのはこの人くらいのものだ。全く。
「よ!で、納豆は出んのか?」
「出るか、あほー」
部長と会話しながらも手際よく山盛りの千切りキャベツを水を張ったボウルにつけ、
笑顔ですかさず向日先輩にツッコミを入れる。
こんな人だっただろうか?
まあしかし、忍足先輩がいなかったなら恐らく俺たちは夕食にありつけなかっただろうし、
機嫌がいいのはいいことだと思う。
「よしよし、手伝ってやろうじゃねーの。宍戸辺りももう上がってくるはずだしな」
よいしょ。袖捲りしながら俺の隣に納まり、豆の皿に手を伸ばす。
別に必要の無い枝豆の味見をしてからそれを鍋に入れれば、既にルーも入っているカレーは
カレーらしい美味そうな匂いを発していた。
隣り合って空の房を片付けながら必然的に近付く距離も、普段が普段だからかそれ程
不自然に感じることもない。
むしろ最近は、不本意ながらも視界のどこかにいることが自然だとさえ。
と考えて、先の思考に結び付いた。

 

ああ、目の前の人たちもそういう距離感が出来上がっているのだ、きっと。
それが、特に人当たりが悪いわけでもないのにどこか踏み込めないところが似ている
この2人、ということが傍目からすると意外に思えるだけだ。

 

ぼんやりとその、まるで2枚で1つの絵のような先輩たちを眺めていると視界の端で
渋い表情の、向日先輩の低い声が届く。
その「あいつらのことを深く考えると頭痛がしだすからやめとけ…」という言葉の意味を
俺が知るのは、その夏がすっかり終わってしまってからのことだ。

 

 

 

【END】

 

 

 

川西さまから頂きました小説であります。
有り難くもリクエストさせて頂くことができましたので、
「後輩視点での跡忍」というものを頂戴致しました。

ヤバい・・・!!本気で萌え死ねますよワタシ・・・!!(ふるふる)

すっかり自然なカンジでいちゃついて下さる跡部と忍足に
相変わらず私のツボに直球ストレートだと真剣に感じました。
ありがとうございます、大好きです!!(告りやがった…/笑)

 

実は、一回通しで読ませて頂いた時には、余りにもさりげなさ過ぎて
気付かなかった(恥)のですが、今こうしてレイアウト編集させていただいて、
改めて大発見しました。ヤバイです。またツボです。

 

ヒ ヨ 岳 じ ゃ ん ・ ・ ・ ! ! (半泣き)

 

すいません、嬉しさの余り暴走し過ぎです。
ちょっとヤバいぐらい自制がきいてません。すいません。
ホントにすいません。(また謝る)