Jealousy

 

 

 

「徐晃どの」
 訪ねた邸の主は、庭先で子犬と戯れていた。
「母親とはぐれたらしいのを拾ったのですよ。ほら」
 美しい指が、子犬の頭を撫でる。
 子犬は、ちぎれるのではないかと心配になるほど激しく尻尾を振って、あのひとの膝にじゃれついた。
 花びらのような耳が、ぴくぴく動く。
「徐晃どのも、動物はお好きですよね?」
 しなやかな腕が子犬を抱き上げた。
 二組の瞳が、こちらを見上げる。張コウ殿の、星の瞳と…、腕に抱かれた子犬の瞳。
「徐晃どの?」
 どうして何も言わないのかといいたげに、張コウ殿が首を傾げる。
 無垢な子犬の瞳が、これは何という生き物だろうと、不思議そうにこちらを見つめてくる。
 あのひとのしなやかな腕の中から。
「あ…、愛らしゅうござるな…」
 とりあえず、お愛想を言った。にっこりと、張コウ殿が微笑む。
 おん。
 一声鳴いて。
 子犬が、あのひとの腕を抜け出した。何を見つけたのか、嬉しそうに駆けてゆく。
 ああ、これで、やっと…
「あ、こら。そっちに行ってはだめですよ!わたくしの花壇が」
 慌てたように張コウ殿が追いかける…

 ・・・・・おもしろくない。

 この半年、戦続きで、ろくろく顔を見ることも出来なかったのだ。
 今日は珍しく非番の日が重なった。ならばと、邸に招いてくださったのは、張コウ殿であろう。
 次にこんな日があるのはいつのことかも判らぬというのに、来てみれば、子犬なぞと戯れて…。
 今日は、今日だけは、拙者が御身を独り占め出来ると思っていたのに!

 子犬がどこからか棒をくわえてきた。
 張コウ殿が取り上げて放ってやると、ころころと追いかけて、拾って、またころころと戻ってくる。
 ちぎれそうに尻尾を振りながら。
 張コウ殿が、楽しそうに笑う。
 ああいう優しい顔は、拙者にしか見せないものだと思っていたのに…!!
 
 ・・・・・ものすごく、おもしろくない。

 ぼさっと突っ立っているのも、馬鹿みたいだ。
 もう、帰ろうか。
 そうだ。そうしよう。
 ろくにこちらの顔も見てくださらないのだ。どうせ、拙者など、その程度の…

「失礼いたす!」

「あら?」
 慌てた声。追ってくる気配。
「どうなさったのです?いらしたばかりでしょう?」
「・・・・・・。」
 知るか、そんなこと。
「ねえ徐晃どの」
 腕を掴まれた。思いっきり振り払った。
「ちょっ…徐晃どのっ!」
 力一杯肩を掴まれ、無理矢理そちらを向かされた。
 真剣な顔が覗きこんでくる…、が。目など合わせてやるものか!
「あ・・・・・・」
 いきなり、張コウ殿が、笑い出した。
「何がおかしいのでござるか!」
 何故だ?何故、そこで笑う?
「だって…、だってあなた…」
「はな…っ…」
 突き飛ばしてやろうと思ったら…いきなり接吻された。
 嫌だ。放せ、放してくれ、この…
 あ…。

 ・・・・・。

「ん…」



 頭にかかっていた霧が晴れた。
 うつくしい目が、じっと拙者を覗き込んでいる。
 その瞳に映る拙者は…、ぽかんと、間抜け面で、ぼんやりその目を見上げていて…。
 悔しい。
 振り切って帰ってやろうかと、思ったが…、なんだか…、膝が、がくがくして…。
 支えてくれているこの腕がなければ、その場に座り込んでしまいそうだ。
 それがまた、悔しい。
 くすくすくす。
 張コウ殿が、おかしそうに笑う。
「徐晃どのって、案外、子供っぽいのですね」
「なっ」
 反論しようとしたら、首筋をすっと、撫で上げられた。
 それだけでものが言えなくなるのが、また、悔しい。
「だって…犬相手にやきもちをやくなんて」
「や、…やきもちなど!!」
「そうじゃないですか」
「う…」
 違う。違う。
 拙者は…、拙者はただ…
「わたくしをひとりじめなさりたかった?」
「・・・・・。」
 そう、だが。それはそうなのだが…
「ほら、それをやきもちって言うんですよ」
 くすくす。…ああ、また笑う!
「かわいらしいですね、徐晃どのは」
 かわいらしいなんて。
 この年齢になって、かわいらしいと言われても、全然、嬉しくない!
 嬉しくないのに…

「徐晃どの…」
「あ…」

 そんなふうに、名前を呼ばれたら。
 そんなふうに、くちづけられたら。
 もう、…なにも、…言えなく…なる・・・・・



 いつもこうだ。



 拙者は御身をこれほど愛しく思うているのに。
 愛しくて愛しくて気が狂いそうなのに。
 いつもこうして、何か、はぐらかされたようで。
 可愛いと言われて、抱かれて…、それで終わってしまうのだ。
 ああ、そうだとも。
 拙者は子犬に嫉妬した。
 御身の優しい視線は、拙者が独り占めしたい。
 誰のことも…何のことも、あんな目で見て欲しくはない。
 子供っぽかろうがなんだろうが、構うものか。
 拙者は…、拙者は、それほど、御身を思うているのだから!
 それなのに、…それなのに、御身ときたら…



「好きですよ」



 ・・・・・。

 いつもこうだ。
 いつもこうして、拙者は・・・・・・

 くすくすくす。

「本当に、かわいい人…」

 御身の糸に、絡め取られる。御身の思うように、操られる。
 ほら、そうして、白状させようとしている。拙者に、言わせようとしている。
 悔しい。口惜しい。それなのに…逆らえない。

「…拙者、だけを…、見て、くだされ…」

 くすくすくすくす。

 微笑んでいる綺麗な顔が、視界いっぱいに広がって。それなりなにも、わからなくなった・・・・・





 拙者だけを、見てくだされ…

 

 

 

<終>

 

 

 

縹サマのサイトでキリ番を踏んでしまいまして、ちゃっかり戴いてしまいましたvv

「徐晃の方が好きという思いの強い張徐」をリクエストさせて頂きました!!

 

どうしよう、徐晃がめちゃめちゃ可愛いんですけど……!!(ぶるぶる)

 

そうやって張コウさんにいいようにされまくっている(いかがわしい発言だ)徐晃が
可愛らしゅうてしょうがないのですよvv
甘々でラブラブなお話を本当にありがとうございました〜vvv