しんと静まり返った部屋の中で、カチリ、カチリと時計の音だけが耳障りに響く。
嘘だと言って欲しかった、これは性質の悪い冗談だと。
「まさかこんな事になるなんて思わなかったさ。
けど、此処に帰らせてもらえたってのは……きっと幸運な事なんだろうな。
誰にも気付いてもらえなかったら、本当に消えちまうまで、此処で黙って
お前らを見てるつもりだったんだ」
「……近藤さん」
「お前だけが、俺に気付いて、俺の声を聞いてくれた。
そんだけでも良しとするよ」
「待てよ、近藤さん」
「後の事をお前に託せたら、俺には思い残すことなんて何も、」
「……ッ、馬鹿野郎!!」
今此処で近藤に触れることができていたなら、その胸倉を掴んで張り飛ばしていた
ところだった。
けれどそれは今は叶わないから、怒鳴りつけるだけで我慢する。
「……トシ」
「まだ決まったわけじゃねぇだろうが、勝手に死んだ事にしてんじゃねェ!!
冗談じゃねーよ、アンタがいねぇこんな所に興味なんてあるか!!
後を託すだァ?それこそ願い下げだ、俺の知らねぇ所で死なせてたまるか!!」
「け……けどよ、」
「まだ、俺は誰からもアンタが死んだなんて報告は受けてねぇ。
多分だけど、まだアンタは生きてんだ」
「じゃあ、俺はどうすりゃいい?」
「………とりあえず、連れ戻す」
「はい?」
「アンタの体、近くにねぇとどうにもなんねーだろ?
だから連れ帰らせるよ。
あとはアンタが戻ってみるなり何なりしてみりゃいい」
言うなり土方は懐から携帯を取り出すと、向こうに行っている筈の隊士に連絡を
取り始めた。
治療が終わったらすぐに連れて帰れと言った土方に、電話の向こうの隊士は
非常に驚いていたようだったが、例え集中治療室に入っている相手とはいえ、
その体を持ち帰らせる方法なんていくらでもある。
一通りの指示を出し終えて携帯を切ると、土方は電話を手にしたままで
近藤の方へと向き直る。
「どうやら心臓はまだ動いてるみたいだぜ」
「……そうか」
「手遅れになる前に、どうにかしねぇとな」
「トシ……あのさ、」
「何だよ」
目線を上げて近藤を見れば、どう言ったものかと考えあぐねてあーとかうーとか
唸った近藤が、頭を掻きながらへらりと笑う。
「お前に俺が見えて、良かったなァって……それだけだ」
きっと誰にも見えていなければ、土方にすら目を向けられる事無く通り過ぎて
いられたら、自分はどうしていたのだろうか、と。
見知った隊士に声をかけても擦り抜けて行かれるというのは、実は相当に
寂しいものがあった。
この体が消えるまで皆を見ていようと思ったのも事実だが、土方や、そして
まだ会っていないが沖田などに通り過ぎられたら。
「お前らに無視られたら、泣いちまうところだった」
「……バカだな、アンタ」
一言でバッサリ切り捨てると、それってヒドくねぇ!?なんて不満そうに近藤は
言ったけれど、もし本当に自分の見ていないところで死なれでもしていたら。
(泣くのはこっちの方だったっつーの)
乱暴に頭を掻きながら、土方はまァ座れよと近藤を促す。
素直に応じた近藤の傍に自分も座って、灰皿を手繰り寄せると土方は懐から
煙草を取り出した。
とりあえず今、近藤がまだ生きているという事実があるので少し落ち着けたが、
面倒なことになっている事には変わりない。
「…どうしてアンタはこうもトラブルを起こしてくれるんだろうな」
「その言い方やめてくんない!?
俺なんかより、お前や総悟のがよっぽどトラブル起こしてるんですけど!」
「アンタのは性質が悪ィんだよ」
こうなってしまうと、始末書一枚で済む沖田の悪さなど可愛いものに見えてくる。
万が一にでも、このまま近藤が消えてしまったらと思ったら。
「………何処にも行かねぇよな?
アンタは……、」
灰皿に煙草の灰を落としながらぽつりと口を突いて出た言葉に、土方はらしくないと
そこで口を噤んだ。
チラリと傍に座っていた近藤の方へと目を向けると、彼は困ったような笑みを
浮かべていて。
「そうだなァ………何処にも、行きたくねぇなァ……」
その顔を見ていたくなくて、土方はそっと目を庭の方へと向けた。
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ずっと此処に、君の傍に、居たいんだ。