「すいまっせーん、ウチの子引取りに来たんですけどー」
10日目の昼前、約束通りに姿を現したのは万事屋の野郎2人。
それに応対して出てきたのは山崎だった。
「ああ、万事屋の旦那。
 帰って来たんですね」
「おー、久々に稼がせてもらったんで懐もあったけぇよ。
 神楽のヤツ大人しくしてたか?って、してるわけねーよな」
「分かってんなら訊かないで下さい」
「まあまあ、社交辞令ってヤツよ」
「今呼んで来ますから、ちょっと待ってて下さいね」
そう言って山崎はまた屯所の中へと引っ込んでいく。
確か朝から部屋で着替えやら何やらをせっせと纏めていた筈。
廊下を歩きながらそう考えていると、いきなり目の前で障子が吹っ飛んだ。

 

 

「てめッ、このクソチャイナがァァァ!!」
「うるさいネこのサディスト!!
 百回ぐらい殺してやるネ!!」
「やれるモンならやってみやがれってんでェ!!」
「上等アル!覚悟しろやァァァァ!!」

 

 

呆然と佇む山崎の前では、部屋から転がり出た神楽と沖田が取っ組み合いの
大喧嘩をやらかしている。
それは縁側を通り抜け庭に転がり落ちてもまだ続いていた。
「……え、なに、なんで最後にこんな修羅場が展開されてんの?」
驚いた山崎が恐る恐る部屋の中を覗き込んでいると、どうしたものかと頭を抱える
近藤と、その隣で我関せずといった様子で煙草を吹かしている土方も居た。
「な、何が起こってるんですか、局長?」
「いや……うん、まぁ、いつもの事だ。なぁトシ?」
「ったく…なんで最後の最後でこうなるんだよ」
「ていうか止めないんですか?」
「止められるモンなら止めてみろ山崎。
 死ぬ気で止めて来い山崎。むしろ死んでこい山崎」
土方に言われ、山崎はもう一度庭の方へと目を向ける。
ぎゃあぎゃあと喚きながら殴り合っている2人の間に割って入る勇気は
残念ながら持ち合わせていない。
「で、何か用あったんだろザキは。どうした?」
「あ!そうでしたそうでした。
 万事屋が迎えに来てますけど」
「お前、それを早く言えよ!!」
「銀ちゃん達来たアルかっ!?」
耳聡く聞きつけた神楽が喧嘩を止めて縁側に張り付いて尋ねてくる。
それに頷いて山崎が答えると、目に見えて神楽の顔に笑顔が浮かんだ。
「やっぱりアイツら、私がいないと寂しくて耐えられないに違い無いネ。
 仕方が無いから帰ってやるアル」
「おー、せいせいすらァ」
煙を吐きながらそう言った土方は、傍にあった神楽の荷物が纏めてある
小さな風呂敷包みを手にして少女に向かって投げてやる。
それを上手くキャッチすると、じろりと神楽は沖田へと視線を送った。
「お前との決着はまた今度アル」
「次こそ殺してやるから背中には充分気をつけなァ」
親指を下向けに指して言い返す沖田から目を離して、神楽は近藤へと
向き直った。
「世話んなったヨ、ゴリー」
「ははは、いやいや、チャイナさんが居てくれて色々楽しかったさ。
 良かったらまたおいで」
「おうヨ」
「ちょ…アンタ、なにちゃっかり『またおいで』とか言ってんだ!?」
「そうですぜィ近藤さん、次は塩撒いて追い返しなせェ」
口々に言ってくる土方と沖田の言葉など何処吹く風で、近藤は穏やかな笑みのままで
立ち上がると、縁側に立つ神楽の元へと歩み寄った。
「気をつけてな」
「銀ちゃん達にも礼言わせるネ、一緒に行くアル、ゴリー」
「いや、俺はいいよ。山崎に行かせるから。
 別に礼言われるほどのモンでもないしなァ。
 ま、貸しひとつなって万事屋に言っといてくれ」
「了解ネ」
「頼んだぞ、ザキ」
「はいはい。じゃ、行こうか」
手招きして先に歩く山崎の背中を追うように続いた神楽が、途中でぴたりと
足を止める。
その場で見送っていた近藤が首を傾げていると、やおらその小さな体が
くるりと振り返って。
「ゴリー!」
「何だ?」
「万事屋銀ちゃんが潰れたら、私、ココに就職してやるアル!!」
「おお、大きく出たな」
「そん時ゃ、一番隊隊長の座、空けとくネ!!」
「んだとォォォ!?
 てめっ、待ちやがれチャイナァァァ!!!」
沖田の怒号も物ともせず、高らかに笑い声を上げながら神楽はパタパタと
軽やかな足取りで去って行った。
角を曲がって姿が見えなくなった頃に、沖田がしょうがないとばかりに
頭を掻いて土方へと目を向ける。
「まぁ、そういうことらしいんで。
 万事屋が潰れる前に、副長の座空けといて下せぇよ」
「どういう意味だコラ」
じろりと目を据わらせて土方が睨むも全く動じた様子を見せず、沖田は庭に下りて
そのまま何処かへと歩いていく。
ったく…と舌打ちを零して土方が後ろを振り返ると、近藤が吹っ飛ばされていた
障子を持ち上げて元の位置にはめ込んでいる姿が目に入った。
「ちょうど10日だぜ、近藤さん」
「おう、約束は守ったからな」
「次はねぇようにしてくれよ?」
「ははは………さァて、それはどうかな」
左右に動かして問題無い事を確認すると、ひとつ大きく頷いた近藤は土方の方を向いて
ニンマリと大きな笑顔を浮かべた。

 

 

「そこそこ楽しかっただろ、トシ?」

 

 

そりゃアンタだけだろ。
言いたかったのを喉元で飲み込んで、土方は呆れたため息と共に懐から煙草を
取り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

 

そうしてまた、いつもどおりの日常に戻る。