「チャイナさーん」
「……何アルか、それ」
4時からのドラマの再放送を見るためテレビの前に正座していた神楽は、
後ろから声をかけられて振り返る。
そこに立っていたのは近藤で、ニコニコと笑いながら手に何かを持っていた。
興味を示したように神楽が近寄ると、ほら!と自慢気に近藤は手の中のものを
少女に差し出してみせる。
「デジカメ!備品購入の希望出したらホントにトシの奴が入れてくれてさァ」
ラッキーだったと嬉しそうに話す近藤の手の中にあるカメラには、真っ直ぐに
テレビに視線を向けている神楽の背中。
いつの間にか撮られてしまっていたらしい。
「コレだったらフィルム必要ないし、欲しいモンだけ残せるから便利なんだよな」
「カメラアルか?」
「じゃあチャイナさん、もう一枚!」
そう言って近藤がカメラを向けて、今度は真正面から撮る。
興味津々で覗き込んだ神楽は鮮明に写った自分の姿におお、と感嘆の声を上げた。
「すぐ見れるなんてすごいネ、ゴリー!
 私も撮ってみたいアル!!」
「おう、いいぞー」
キラキラした目で訴えてくる少女に近藤は快くカメラを貸してやると、押せば良い
ボタンだけ教える。
まずは一枚、目の前の近藤だ。
静かにフラッシュが焚かれ、近藤の姿が中に残る。
にんまりと満面の笑みを浮かべてピースをする、まるで子供のような姿だ。
「………面白いネ、もっと色々撮ってみたいアル!
 定春とかも撮ってくるアル!!」
「ああ、好きなだけ撮っておいで。壊すなよ?」
「分かってるネ」
頭を撫でながら近藤が許せば、大きく頷いた神楽は部屋を飛び出して行く。
「……元気だなァ」
それを見送って、近藤は小さく笑みを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近藤の部屋の前を通りがかって、土方は足を止めた。
少し開いた襖の向こうに、大の字に寝転がって眠っている大将の姿が見える。
「……風邪引いても知らねぇぞ」
そうは言いつつも放っておけないのが土方という男なので、彼は静かに部屋の中に
足を忍ばせて入った。
薄めの上掛けを出してきて近藤の体の上に被せると、用は済んだのでまた出て行こうと
したのだが。

(………?)

机の上で視線を止めて、土方はそちらに向き直った。
置いてあったのは数時間前に近藤に渡したデジカメの箱だが、梱包は開かれていて
そこにはもう何もない。
だが、その近くにカメラが置いてあるわけでもない。
「……何処やっちまったんだ?」
まあいいや、と呟いて土方は机の傍で腰を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日もとっぷりと落ちた頃に、転寝をしていた近藤が目を覚ました。
寝そべってのんびりしている内に、本格的に眠ってしまっていたらしい。
いつの間にか掛けられていた上掛けに首を捻りながら起き上がると、すぐ傍で
人の気配を感じて近藤がちらりと横を見る。
「………なんでトシがいるんだ?」
自分と同じように畳の上に転がって、これまたすっかり寝入ってしまっているようだ。
傍にデジカメの取扱説明書が落ちていて、これか、と近藤がそれを拾い上げた。
読んでいる内に寝てしまったのだろう。
「あ…、」
机の上に目を向けて、近藤は思わず声を上げた。
いつの間に返されたのか、そこには神楽に貸してやったカメラが置かれている。
そこまで膝立ちで這いずって、近藤はそれに手を伸ばした。
電源を入れて、少女が覗いた世界を見る。
神楽の背中、そして少し照れたような正面からの顔、満面の笑みを見せた自分。
そこまでは自分も知っているものだ。
次は真っ白な毛並みと大きな鼻が全面に写し出された。
「近ッ!!近いよチャイナさん!!」
もしくは飼い主の持つものに興味を示した定春が顔を近づけたか。
次へ送ると、丁度良い距離感を持って、見知った犬が写る。
どうやら本当に定春を撮りに行ったらしかった。
へぇーと声を上げていると、突然肩口からぬっと顔が飛び出してきて、
思わずカメラを落としそうになる。
「何やってんだ、近藤さん?」
「うおぉッ!?
 な、なんだトシか、驚かせんなよ」
「カメラか。そういやさっきは無かったけど…」
「チャイナさんに貸してたんだよ。
 好きなモン撮って来いってさ」
「ふーん。てか犬かよ」
「ははは、チャイナさんの大切なモンさ」
他にも夕焼けの空や、河原で遊ぶ子供達、道端の小さな花、駄菓子屋の
おばちゃんなど、ひとつひとつ捲る度に少女の見る世界が広がっていく。
「あー!!いつの間に産まれてたんだ!?」
近藤が思わず声を上げたのは、神社の境内にある階段の裏側の写真だった。
一匹の猫が、数匹の仔猫に囲まれている。
「……もしかしてアンタ、この猫知ってんのか?」
「う…ッ、た、たまに様子見に行ってただけで……そういや前見た時も
 だいぶ腹でかかったしなァ……」
神社の野良猫とは、たまに顔を合わせて遊んでやる程度の間柄だったのだが、
これはまた、何か猫の好きそうなものを持って祝いに行くべきだろう。
道行く人々の写真もあった。
子供に向けられる優しい表情は、今の自分達にはもう見ることの叶わないものだ。
「なんか、子供に適当に撮らせると面白ぇな」
「だろ?でもチャイナさん、いいセンスしてるよ」
ピッとボタンを押せば、今度の場面は真選組屯所内に切り替わる。
此処でも色々と撮ってきたらしい。
トップバッターは裏庭でバドミントンに励んでいる山崎の、清々しいまでの
爽やかな笑顔だった。
途端、土方の頬に青筋が浮かぶ。
「あの野郎……またサボってミントンなんてやってやがったか……後で殺す」
「まあまあ、そう怒るなって。
 こんな時のザキ、俺ァお前にビビって逃げ出す顔ぐらいしか知らねーよ。
 よっぽど好きなんだなァ」
「くだらねー」
次は食堂だ。
もう常連なのだろう神楽が向けたカメラに向かって笑顔で手を振る給仕の女性陣。
そして早めの食事を摂っていた隊士達も笑っている。
中にはわざわざ変な顔をして写る馬鹿も居たりして、近藤はそれらにいちいち
笑ったり呆れたりしながら見つめていた。
「お、総悟のヤツ、珍しく普通に撮られたな」
「近藤さん……コレのどこが普通なんだよ」
屯所の庭に佇む総悟だが、じろりとカメラに目を向けて、中指なんぞ立てて
いたりする。
それがポーズなのか、単に神楽に向けたものだったのかは分からないが。
そして、総悟の足元には2人の平隊士が伸びていた。
「アイツ、またやりやがったな……」
「総悟曰くは【躾】らしいんだけど」
「馬鹿言えよ、単なるイジメだろうが」
2人でカメラを覗き込みながら、近藤と土方は口々にそう言って苦笑いを零す。
それは同時にため息になった。

 

 

 

 

 

 

「失礼します。
 副長、此処にいらっしゃったんですね」
「なんだよ、俺今忙しいんだ」
「……カメラ覗くのに忙しいんですかそうですか」
すらりと襖が開いて、現れたのは山崎だ。
そんな事よりも例のヤマについて話があるんですけどねェ、そう告げた山崎が、
じろりと向けられた眼光の鋭さに思わずヒィッと悲鳴を上げた。
「そういやァ、俺もそんな事よりおめぇに話があったんだよなァ……。
 お前、また仕事サボってミントンしてやがったなァ…?」
「う…ッ、い、いえッ、それは、あのですねッ、
 ものすごーく深くて長い理由が……」
「ほぉう、ミントンの何処に深くて長い理由を述べる要素があんのか、
 まずはそこを聞きてぇなァ………体にな」
「ヒィィィ!!」
バキボキと指を鳴らしながらゆらりと立ち上がった土方に、堪らず山崎は
一目散に廊下を駆け出した。
「お、お助けェェェェェ!!!」
「てめっ、この野郎!待ちやがれ!!絶対ぇブッ殺す!!」
逃がすつもりが無いのか、廊下に飛び出し追いかけ始めた土方と、そして
逃げる山崎の背中に、フラッシュが焚かれた。もちろん近藤である。
これも立派な真選組の風物詩、残しておこうと思ったのだ。
「……やれやれ」
肩を竦めて襖を閉めた近藤は、再び机の傍に腰を落ち着ける。
神楽が撮ったものの続きを見るために操作をして、ふとその手を止めた。
次に出てきたのは、この部屋だ。
梱包を解かれたカメラの空き箱の写真なので、間違いない。
こんなものを撮るとしたら、このカメラを返しに来た時だろうか。
ピッとボタンを押してその次に移り、近藤は思わずくすくすと笑いを零した。

 

「……チャイナさん、ほんっといいセンスしてるよ」

 

そのまた次にはさっきの土方と山崎がいたから、神楽が撮った写真はここまでだ。
電源を落としてカメラを置くと、今日は神楽を誘って外に夕飯でも行くかなと、
近藤は立ち上がって大きく伸びをした。
居場所は大体わかっている、夕食に良い時間の今なら恐らく食堂にいるはずだ。

 

 

 

 

最後に撮られていたのは、畳に転がって眠る自分と土方の姿。
廊下を歩きながら、近藤はアレを消すべきか残すべきかで暫しの間
頭を悩ませたのだった。

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

 

きっとハイテクなアイテムは万事屋には無いと思う。

神楽ちゃんが触ったことあるカメラはインスタントだけ。(笑)