「近藤さん、入るぞ」
「おー」
一声かけるとすぐに返事があって、土方は局長室の襖を開ける。
「近藤さん、この書類なんだが……」
言いながら目を文机の傍に座っている近藤の方へ向けて、土方の言葉が
そこで途切れた。
「………あんた、」
「しー。しーだぞ、トシ」
苦虫を噛み潰したような声を出す土方の声を遮るように、振り返った近藤は
人差し指を口元に持って行ってそう声を上げた。
胡座を掻いて座る近藤の足を枕にして、桃色の髪をした少女が横になって
眠っている。
しょうがねぇなと呟いて、土方は上着を脱ぐと小さな体の上にばさりと
被せてやった。
今更何も言うまい、と。
「ふてぶてしいぐらいの図々しさだな、コイツ」
「まぁそう言うなって、こっち来てだいぶ経つじゃんか。
きっと疲れてるんだよチャイナさんも」
「そうかァ…?」
疑わしそうに眉を顰めて言う土方に苦笑を零すと、ペンを握っていた手を止めて
近藤がそれよりも、と続ける。
「俺はお前の方にビックリだよ。
なんだ、優しいじゃんか」
神楽に掛けてやった上着を指してからかうように近藤が言えば、それこそ心外だとでも
言いたげに土方の口元が歪んだ。
「違うって近藤さん」
「何が?」
「……俺は、単にアンタがやれない事をしてやっただけさ」
「トシ…」
「どうせアンタの事だ、上着脱ごうとして変に動いたら起こしちまうかもとか
思ってできなかったんだろ?」
「………お前さ、」
くすくすと小さく笑いを零し、近藤はポン、と手を伸ばして土方の腕を叩いた。
「やっぱり、優しいって」
そう言って、本当に嬉しそうに笑うから。
僅かに視線を逸らして土方は誤魔化すように手に持っていた書類を近藤へ
突きつけた。
「これ、前言ってた書類だ。
作っといたから確認してくれ」
「おう、サンキューな」
「あと……まぁ、俺の単なる助言だが、」
「ん?」
書類を手渡した後に懐から煙草を取り出しながら、土方が言う。
「総悟に見つかったら大事だぞ、くれぐれも気をつけとけよ」
「……なんだそれ」
不思議そうに首を傾げる近藤を置いて、それ以上は言わず土方は部屋を後にした。
暫くして、土方は再び局長室の前に立っていた。
先刻とは別件で用事ができたからであるのだが、そういえばあれからどうなったか
気になったという事もある。
「近藤さん、入るぞ」
一応部屋の前で声をかけたのだが、今度は返答が無かった。
もしかして居ないのだろうかと思ったが、少し考えた末に土方は襖の取っ手に
手をかける。
すらりと横に引いて開けて、呆気に取られてしまった。
文机の傍で仰向けに転がった近藤と、先程と同じようにして転がっている神楽、
そして近藤を挟んだ反対側に、なんと沖田まで。
「………おいおいおい、何だこの構図」
ぽつりと呟かれた土方の言葉に、寝入っている3人からの返事は無い。
やれやれと頭を掻いて、どうしたものかと考えた末に土方は押入れを開けた。
中から掛け布団を取り出して、横向けにして川の字になって寝ている
3人の上に被せる。
(……ま、これなら風邪引くこたァねーだろ)
自分の用事は借りた本を返しに来ただけだ。
静かに文机の上にそれを置くと、土方は足音を忍ばせて穏やかな部屋を
出ることにした。
「おやすみ」
<終>
我ながら、らしくない程ありえない話を書いた気がする。
……まぁいいか。