「おばちゃーん、ゴハンおくれヨー」
真選組屯所内にある食堂に、まだ幼さの残る少女が出入りしているのは、屯所内では
もう有名な話である。
そしてそれが、局長が知り合いから預かった子であるということも、水面下で
情報が実しやかに流れていた。
流したのは事情を知っている山崎だ。
局長の客人ならば下手に触るまいと、隊士達はその少女に対して遠巻きに眺める
だけなので、少女はこの場所で一応の自由を得ている。
そんな少女がよく入り浸っているのがこの食堂で、今日も昼食を取りに来た隊士に
混じって現れた。
「あら神楽ちゃん、今日は何にする?」
「おばちゃんのオススメでヨロシ」
「あらまァ」
それじゃあ何にしようかしら、と食堂を切り盛りしている妙齢の女性は、頬に手を当てて
こくりと首を傾げた。
この場所で神楽の存在はもう有名だ。
そしてむさ苦しい男所帯の中に突然現れた可愛らしい女の子に、女性陣が構わない
筈が無い。
「此処のゴハンは銀ちゃんとこと違って豪華ネ。
私こんな贅沢して良いアルか。明日死ぬアルか?」
初めて近藤に連れられてやってきた神楽は、目の前に置かれた食事に目を丸くしていた。
大袈裟だなァ、と苦笑を浮かべて神楽の向かいに近藤が座り、普段何食って生きてんだ、と
眉を顰めながら近藤の隣に土方も座り、局長副長と対等に語り食事を共にしている少女は
一体何者なのだろうかと、一時その場は騒然となった。
だが、その状況は一変する。
目の前の食事をペロリとたいらげた神楽は、コレじゃ足りないネと言い出したのだ。
勿論、一般の成人男性を基準としているのだから、屯所の食事はそれなりのボリュームだ。
にも関わらずのこの発言に、土方はあんぐりと口を開け、目を瞬かせた近藤は暫くの後に
豪快に笑い出した。
「だったら気の済むまで好きなだけ食えばいい」
迂闊にも、何も知らない近藤がそう言ってしまい、そこから神楽の中にあったなけなしの
遠慮という二文字(此処に来る前に新八に煩いぐらい言い含められていたのだろう)が
綺麗さっぱり消え失せた。
スイッチの入った神楽を止められる者はいない、それが例え銀時や新八であろうとも。
それから延々と、近藤が半泣きで止めにかかるまで神楽は食べることを止めなかった。
とまぁ、そんないきさつがあったものだから、神楽は一躍有名人だ。
これだけがっつり食べてくれる相手は初めてなので、自然と食堂担当の女性達の
気合いの入り方も変わってくる。
一度でいいから、もう満腹で動けないと言わせてみたいのだ。
「神楽ちゃん、おかわりは?」
「勿論いただくアル!此処のゴハン美味しいネ!!」
「どんどん食べてね」
もっさもっさと口を動かしながら神楽が言うのに、給仕をしていた女性が
次々とおかわりを持って来る。
無論、食事を取るのは神楽一人ではないのだから、隊士達にしてみれば
自分の分が無くなる可能性が出て来るので、昼時はなるべく早く行こうと
食堂は普段以上の賑わいを見せていた。
一歩間に合わず食事にありつくことのできなかった隊士が、半泣きで財布片手に
外食をしに行くというのは、もうここ数日で見慣れた光景だ。
そして一番の被害者だったのは、言わずもがなのこの二人。
「トシ!!早く、早く走れェェェ!!」
「ちょ…っ、もういいから近藤さん、表行こうって!!
絶対ねぇに決まってんだろってェ!!」
普段より他の一般隊士とは時間をずらして食事に来るこの二人は、人より少し
遅めの時間に現れる。
それでも今はこんな状況なので、あぶれては堪らないと必死に走って来たのだが。
「悪いネ、ゴリー。
最後の一杯はいただいたアル」
口一杯に米を頬張りながらしれっと言う神楽に、近藤はその場に膝をついた。
食堂の奥へと土方が目を向けると、給仕係の女性が大きな業務用の炊飯器を
持ち上げて見せる。
中は哀しいぐらいにすっからかん、だ。
「ま……また負けたァァァァ!!」
「だから無理だつったんだろうが……いや、それよりもコレ……
後で勘定方から苦情がきそうだな」
神楽が来てからの食費は、正確な所は報告が無いのでまだ分からないが、
恐らく今までの比では無いはずだ。
自分達の後からやって来た隊士達も、近藤の様子を見て悟ったのだろう、
遅かったか…と一様にがくりと肩を落としている。
ふぅ、と咥えていた煙草を口から外して白い煙を吐き出すと、土方は食堂の
入り口でさめざめと泣いている隊士達に声をかけた。
「おうおめェら、昼飯は外で食え。
金がねぇ奴は俺らについて来いよ、局長が奢るってさ」
「ええェェェェ!?」
一気にざわついた隊士達を余所に、驚いた近藤が飛び上がって土方に詰め寄る。
「ちょ、トシ、お前何言って……」
「だって近藤さんがアレ連れてきたのが全部の原因なんだろうがよ」
「う……そ、そりゃあ……」
そう言われては言い返すこともできず、近藤はぐっと言葉を詰まらせる。
そんな近藤の肩をぽんぽんと叩いて、土方が小さく苦笑を浮かべた。
「心配すんなって、俺が折半してやるよ」
「ト……トシ………お前って奴ァ……!!」
とはいえ、実際のところ局長副長が奢ると言ってついて来る奴が何人居るだろうか。
まぁ、豪気な連中が5〜6名ほどでせいぜいだ。
後の奴らはまず遠慮が前に出るか、むしろ怯えて逃げ出すかするだろう。
食事ぐらいは、縮こまらずにゆっくり落ち着いて食べたいものだから。
「じゃ、行くか近藤さん」
「ああ」
「ゴリーの奢りアルか?
じゃあ私も行くネ!!」
「「 ええッ!? 」」
その声を上げたのは近藤だけでなく、土方も同時だった。
気が付けば自分達のすぐ傍に神楽が立っている。
これは予想外の展開、あれだけ食べてまだ足りないとか言うのだろうか。
「おいチャイナ、こいつァてめーのせいで…!!」
「チャイナさん」
食ってかかろうとした土方を手で制すると、近藤が神楽へと向き直った。
右手を神楽の額に持っていって、中指を親指で弾いてピンと跳ねさせる。
「チャイナさんは、留守番だよ」
「ええ〜……」
「もうたらふく食っただろう」
「食後のデザートがまだアル!!」
「………それじゃあ、」
うーんと少し考えるようにして、近藤がひとつ頷くと大きな掌を神楽の頭に乗せて
ポンポンと撫でた。
「お土産に団子買ってきてやるから。良い子で留守番な?」
にんまりと笑顔を見せられては、流石の神楽もそれ以上は言えずに頬を膨らませて
残念そうに答えるだけだ。
「それなら仕方ないネ。
みたらしと3色を5本ずつで妥協してやるアル」
「ははは、了解」
じゃあ行こうかと土方を促し食堂を出る近藤に、呆れたような口調で土方が声をかけた。
「近藤さん……アンタほんとにああいうタイプに甘いんだよなァ」
「ん?そうか??」
沖田然り、神楽然り。
とことんまで甘やかして、懐かせて、そうして近藤が言うのならと言う事を聞かせる。
打算ではなく天然でやってのけてしまうのだから、本当に近藤という男は恐ろしい。
いや、恐らくその中にはとうに自分も入ってしまっているのだろうと考えて、
まだ不思議そうな顔をしている近藤を余所に、土方はくつくつと喉の奥で静かに笑った。
<終>
神楽ちゃんと近藤さん。(+トシ)
本当に親子みたいなんですけどコレ……。
なんだか普通に妄想ができるようになってきた…危険危険。
今のED(sanagiだっけ?)での神楽ちゃんのカット、
星海坊主と兄貴じゃなくて、近藤さんとトシでもアリじゃね?
可愛くね?とか思ってしまってるあたりが末期です。
ちなみにアレは、星海坊主さん一家じゃなくて、武州時代の
近藤さんとトシとチビ総悟でも普通にアリな光景かなぁとも
思ってみたり。
でも近藤さんなら、きっと神楽ちゃんをどこまでも
甘やかすんだろうなァとか思ってます。
そんで神楽ちゃんはその内近藤さんに懐いてべったりに
なっちゃえばイイと思う。
…まぁ、そんなの総悟が黙って見てるハズねぇか。(笑)