縁側に座り丸まっている背中を見つけて、思わず近藤は苦笑を零す。
傍らには肌身離さず持ち歩いている刀が一振り、だが、いつもは毅然とした
背中が今は心許なく、何よりいじけたような三角座りが、笑っては悪いと
思いつつも込み上げて来る笑いを押さえ切れなくなってしまう。
静かにその背に歩み寄ると、近藤はポン、とその肩に手を置いた。
「トシ、大丈夫か?」
「………近藤氏ィ〜……」
これはもう、トシではなくトッシーで間違いない。
何故トッシーと呼ばねばならないのかがよく分からないが、妖刀を巡る
一件の後に、万事屋から強く言われていたのだ。
魂を食われた方のヘタレ土方は、トッシーと呼ぶべし、と。
あの時、土方は妖刀の呪いを捻じ伏せたかのように見えた。
いや、実際にあの時はそうだったのだろう。
ところがゴタゴタが片付いて漸く肩の力が抜けた頃、トッシーは突然何の
前触れも無く現れたのだ。
それも一度や二度ではない、そこでやっと近藤達周囲の人間にも現状が理解できた。
つまり土方は、あくまで妖刀の呪いを文字通り捻じ伏せただけに過ぎず、決して
その呪いを無かった事にできたわけではないのだと。
ヘタレ魂は、間違いなく今もその妖刀と共にあるのだという事を。
こんな状態の土方十四郎をどうするかという議題が、実は重役会議に上がった事がある。
副長という立場に置いて良いかという事もあったし、それ以上に真選組の隊士として
務まるのかという意見の方が重かったと思う。
だが、近藤は土方を副長として据え続ける事を頑として譲らなかった。
更に言えばあの沖田が、その近藤の意見に反対をしなかったのである。
そうなればもう、現状維持とするしかない。
前触れ無くスイッチのオンとオフのように切り替わってしまうので、そのタイミングも
全く掴めはしなかったのだが、暫くの間続いた驚かされる日々も時間を経るごとに
周囲の人間が理解し慣れ始めてきた。
酷く疲れるような事があった後か、普段の土方自身が精神的な痛手を負った後は、
比較的ヘタレ魂に押し負けてしまう事が多いようだ。
今回、今この時の事を言えば、恐らく前者だろう。
「………また、でけぇコブ作ったなぁ」
「沖田氏が容赦無く竹刀でバシバシ殴るから」
「ははは………アイツめ、それが狙いで……」
「え?」
「ああいやいや、こっちの話な?」
縁側に座り込む土方の隣に座り、近藤は胸の内で漸く沖田の魂胆が読めたと吐息を零した。
こんなオイシイ状況を、あの悪戯小僧の沖田総悟が見逃す筈ないのだ。
実際のところを近藤が理解しきっているわけではないのでそんな風に考えているだけだが、
本当のことを言えば、普段の土方とは違いトッシー状態の土方はパシリに使い放題
イジメ放題である、あの沖田がこんなシチュエーションを手放す筈が無い。
ちなみに今回はトッシー状態の土方を道場に引き摺っていって、修練という名のシゴキを
入れられた、といったところだろうか。
そういえば最近の沖田は、妙にイキイキとしている。
「………でも、不思議だなぁ」
「何がだい、近藤氏」
「キミが真選組に居残るとは、正直思わなかった」
普段の土方ならいざ知らず、ヘタレの方ははっきり言って戦う事はおろか働くことさえ
拒否するタイプだった。
日がな一日己の趣味に没頭して過ごす、完全なニートだと思っていたのだが。
近藤にも不思議に思える、よく逃げ出さずにこの場所に居残ってくれているものだと。
「だって、刀を持って戦うのは、怖いだろう?」
「そりゃあ怖いけど……でも、」
「ん?」
「副長ー」
ボソボソと喋る土方の元へ、気遣ってくれたのだろう山崎が濡れタオルを持って
やってきてくれた。
「これで冷やして下さい副長」
「ああ……ありがとう、山崎氏」
「嘘ォォォ!!おおおおお礼言われちゃったよ局長ォォォ!!
お、俺、明日死にませんよね?抹殺されませんよねッ!?」
「ははははは、されないされないってザキ。サンキューな」
パタパタと手を振りながら近藤が言ってやると、ホッと胸を撫で下ろした山崎が
お大事にー、と告げて去って行く。
コブのできた場所にタオルを乗せながら、土方はぽつりと呟いた。
「自分でもどうしてか分からないんだよ、近藤氏。
けど……怖いけど、でも、頑張ってみようと……思うんだ」
「トシ…」
「僕はキミに命を預けたんだ。
死にたくないし痛いのも嫌だけど、………やってみるよ」
「そう………そう、か」
だらしなく縁側に座った近藤は、口元ににまりと笑みを乗せて晴れた青空を見上げる。
この土方は、明らかに今までの土方とは違う。
当然だが普段の土方とも、全然違う。
全く別個の存在なのだと近藤自身が認めた時、コイツはコイツで良いトコロが
あるのだという事に気付けた。
そして、可愛いトコロもあるのだということも。
「………あ、」
「どうした、トシ?」
「すまない近藤氏、今何時だい?」
「ええと………11時過ぎ、だな」
「しまったァァァァ!!!」
近藤が問われるままに時刻を告げた途端、手にしていた濡れタオルをばしんと
床に叩きつけて土方は立ち上がった。
「限定フィギュアの発売日ィィィィ!!
やっべ、開店時間過ぎてるゥゥゥ!!
すまないが近藤氏、ちょっと行ってくる!!」
「おー、一緒に並ばなくても良いか?」
「心配無用でござる!!今日のは1個でいいから!!」
「……今日のは、ね」
ははは、と笑いを零しながら、近藤はダッシュで駆けて行く土方の背に
行ってらっしゃいと手を振った。
遠ざかって行く背が、ふいにぴたりと立ち止まる。
おや?と首を傾げて見守っていると、土方はくるりと振り返ってまた戻って来た。
ずかずかと荒っぽい足音で歩いてきて、どかりと近藤の隣に再び座る。
「………行かなくていいのか、トッシー?」
「誰がトッシーだ、誰が」
「あれ、トシだ」
普段のぶっきらぼうな言葉が戻って来て、近藤は面食らったように瞬きをする。
不機嫌そうに眉を顰めた土方は、ごそごそと懐を弄ってそこに煙草が無いことに
小さく舌打ちを零した。どうやらまたアイツが出ていたか。
「くそ、煙草取って来る」
「でもトシ、限定フィギュアはいいのか?」
「ンなもん誰がいるかァァァ!!!」
吐き捨てるように叫んで、煙草と灰皿を求め土方は己の部屋へと歩いて行く。
その姿を目で追って、耐え切れなくなった近藤が腹を抱えて笑い転げた。
命のやり取りをするには向かない魂かもしれない。
けれど、こういう日常はこう見えて意外と、楽しい。
<終>
近藤さんとトッシー。
イマイチ妖刀の呪いとかヘタレ魂とかの位置付けが
よくわかんなかった(汗…)ので、勝手に色々解釈して
捏造してみました。
まぁ、こんなだったらいいなーみたいな具合で。