「へぇ、じゃあチャイナさんが、あの星海坊主殿の」
「そうアル」
「今、お父上はどちらに?」
「さぁ……あの放蕩親父、今頃何処ほっつき歩いてるアルか…」
昼下がりの縁側、たまたま非番だった近藤が神楽の面倒を見ることになって、
お茶菓子を手に話でもしないかと誘えば、お団子頭の少女はあっさりと
首を縦に振った。
沖田も土方も外回りで不在の屯所は静かなものだ。だが、不快ではない。
「寂しくは無いのかい?」
「別に。元々殆ど居なかったから、今更どうとも思わないネ」
「……そんな事言ったら、お父さん泣いちゃうんじゃないか?」
ははは、と乾いた笑みを零して、近藤は記憶に残っていた星海坊主の姿を
思い返してみる。
まさしく戦場を住処としているような目をしている、生まれながらの戦士なのだと
会った時はそんな風に思ったものだが、二度目に神楽を伴って現れたその人は、
反抗期の娘を持った、年頃の娘にどう接していいか分からない、途方に暮れた
父親の目をしていた。
不思議な二面性を持っているのだなと、その時はそんな風に思ったのだが。
「銀ちゃんや新八、定春も居るから寂しくはないヨ」
「チャイナさん…」
「それに、私には夢があるネ。
 だから寂しいとか、そんなコト言ってるヒマはないアル」
「夢かァ………聞いても?」
近藤がそう問い掛ければ、神楽がついと視線を横に逸らす。
自分の横に置いてあった皿から残っていた団子を手に取って、近藤がはい、と差し出すと、
うう、と小さく唸りを上げた末に神楽はそれに手を出した。
やはり食べ物には勝てないか。
くくっとバレないように小さく笑いながら近藤が神楽の言葉を待つ。
もそもそと団子を口に頬張っていった神楽が、ぼそりと小さく呟いた。

 

「えいりあんハンターになって、パピーと一緒に宇宙中を旅するネ」

 

だから今、自分を鍛えている真っ最中なのだと、照れたような口調でそう言った神楽は、
定春と遊んでくると告げて、屯所の塀を飛び越えて出て行ってしまった。
呆気に取られたような表情でそれを見送った近藤が、はぁ、と感嘆の吐息を零す。
反抗期の娘が、そこで父親の名前を出すとは思わなかったから。
「……愛されてるじゃないか、星海坊主殿」
いいなぁ、と呟いて、近藤はその場に仰向けに転がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢と口にした少女は、まだ未来に希望を持っている。
確かそんな頃が自分にもあった筈なんだけどとぼんやり考えていると、
ふと己の視界に影が入って近藤はその方へと視線を向けた。
「トシか」
「ヒマそうだな、近藤さん」
「や、そうでも無かったんだけど」
「考え事か?」
よっこらしょ、と声を上げながら身体を起こすと、自分の隣に土方が腰を下ろす。
投げられた問いに考えるようにしながら、近藤がうーんと首を捻った。
「チャイナさんには、夢があるんだって」
「……はァ?」
「トシはガキの頃、夢とかあったか?」
「夢、ねェ……」
何故そこで神楽の名前が出て来るのかが、入れ違いで戻って来た土方には
理解できなかったが、傍にある団子のタレのついた皿を見ている限りでは、
どうやらつい先程まで神楽と一緒にいたのだろうと推測はできた。
「………そんな可愛らしいガキじゃ無かったからな、俺は。
 夢とか、将来何になりたいとか、そんな事ァ考えたこと無かったよ。
 近藤さんはどうなんだ」
「俺か?」
問い返されて、近藤が空を仰ぎながら小さく唸る。
確かに何かあったような気がするのだけれど。

 

「………忘れちまったなァ」

 

何だか少し寂しい気もするけれど、それが大人と子供の差、なのかもしれない。
未来に思いを馳せる子供と、未来を知ってしまった大人。
寂しいなァ、と呟く近藤に何と声をかければ良いか分からなくて、土方が
口の中で小さく舌打ちを零した。
そういう顔をさせたいわけじゃ無かったのに。
「あ、そういえばトシ、何か用でもあったのか?」
「へ?」
「だから戻って来たわけじゃねーの?」
そう言われて、我に返ったように土方がそういえば、と懐から煙草を出しながら
口を開いた。

 

「そこの大通りで、チャイナと総悟のヤツが出くわしてな。
 周りの人やら建物やら巻き込みながら喧嘩してんだが、どうすりゃいい?」

 

俺には止めらんねーよ。
煙草に火をつけてそう言った土方に、半分泣きそうな目をしながら近藤は
盛大にため息をつく。
どうせまた新聞に大きく取り上げられ、目の前に始末書が積み上げられるのが
目に見えて分かっているからだ。
土方も重々それを承知しているのか、それ以上は何も言わない。
あーあ、と途方に暮れたような声を漏らした近藤が、ぽつりと呟いた。

 

 

「夢も希望もねーなァ、おい」

 

 

だけど、少なからずそれを楽しんでいるフシが近藤にあるという事は、
土方だけが知っている秘密の話である。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

神楽ちゃんをダシにして、土近を書いてみる。(笑)