あの人が眠る墓の前に、先客が居た。
「………来てたのか、近藤さん」
「おう、トシか」
掛けられた声にゆるりと振り返った近藤は、その先に土方の姿を
認めて双眸を細める。
煙草に火をつけながら歩みを進めた土方が近藤の隣に立った。
「総悟が捜してたぞ」
「そうか、それじゃあ後で行ってくる」
此処に向かう前、道場に顔を覗かせて周囲を見回した総悟は、そこに居るのが
土方だけと知るや否や、もう用は無いとばかりに姿を消した。
まったく、ハッキリしているクソガキだと思う。
「……明日には江戸に帰らねぇとな」
「3人揃って武州に引き上げてきたんだ、戻ったら仕事が山積みだぞ?」
「分かってるよ、面倒臭ぇが仕方ねぇ」
辟易した様子で吐息を零す土方に、恐らくデスクワークは全てそっちに
回るのだろうと近藤は胸の内で小さく合掌した。
何と言っても彼に任せると早いのだ。
その代わり、外回りはできるだけ近藤が引き受ける、2人して屯所を空けた後は
この役割分担が暗黙の了解となっていた。
それが当たり前になるぐらいには、ずっと共に居たのだ。
「………思えば、もう江戸に出てから随分経つんだよなァ…。
ミツバ殿には……随分寂しい思いをさせてしまったみたいだ」
「……?」
「俺はな、トシ。
例え今俺について来るために色んなものを手離してしまったとしても、
いつか……近いのか遠いのかは分からんが、いつか来るだろうこの先に
お前が誰かと家族を持つとしたら……それはきっと、ミツバ殿だろうなと、
そんな風に思ってた」
「………。」
墓石を見つめながら淡々と言葉を漏らす近藤に、土方が黙ったままで口元から
細く煙を吐き出した。
全くこの人は何も分かっちゃいない。だけどそれも仕方の無いことかもしれない、
自分がこの件について彼に語ったことは、余りにも少なすぎる。
「…だけどな、」
近藤の言葉にまだ続きがあるとは思わなくて、内心で土方は少しだけ驚いた。
地に膝をついて手を伸ばし、そっと墓石に触れながら。
「ここに来て漸く分かってきたんだ。
俺のコレは単なる甘えだった。
本当にそう思うなら、そしてそう願うのであれば、
あの時無理にでもトシを此処に残して行けば良かったんだ。
そうしなかったのは………俺が、お前を必要としたからだ。
これから先も、お前を必要としてしまったからだ」
これが甘さでなくて何だと言う?
ミツバ殿、すまなかったなぁなんて謝ると今度は、それでも、と付け足して
同じようにしゃがみ込んだ土方の方を横目で見遣った。
「俺は、お前には謝んねぇぞ。
決めたのはお前だからな、勝手にホイホイ話進めやがって」
「……それは、」
謝って欲しいなんて思った事は一度も無い。
そしてあの時自分が取った選択と行動を、後悔した事だって。
だから、近藤がミツバに謝罪をしたように自分もするつもりはない。
此処で彼女に詫びるということは、あの事を後悔するということだし、
それに何より。
「気を揉ましてしまったみてぇで、すまなかったよ近藤さん」
「お前、俺に謝ってどうすんの」
「だけど近藤さんが気にする必要はねぇし、むしろ今、近藤さんの気持ちが
聞けて嬉しかったよ、俺ァ。
ちったぁ頼りにされてたみてぇだ」
「当たり前だろうが、俺はいつでもお前に頼りっぱなしだぞ!」
「……いや、そこはあんま威張んねぇで欲しいんだけど」
呆れた風を装って返しながら、それでも嬉しいと思う気持ちに変わりない。
必要だと、こんな手でも必要だと言ってくれるのなら、それでいい。
そしてこんな自分こそ、近藤の存在が必要なのだ。
「俺は、あの時にゃもう気持ちは固まってたんだ。
そしてこれは、これから先だってきっと覆ることはねぇ」
「トシ…?」
自分にとって、近藤勲という存在が、何よりも最優先事項。
きっとこれから先、どんなにミツバよりイイ女が現れたって、これだけは
絶対に変わらないと思うし、変わりようもない。
「俺は、アンタと一緒に生きる。あの時そう決めたんだ」
自分の望みはとてもシンプルなものなのだ。
だがそれを近藤は予想すらしていなかったみたいで、唖然とした表情のまま
ぽかんと土方の顔を眺めている。
少し居心地が悪そうに逸らされた目を見て、近藤は小さく吹き出した。
「……なんだそれ、なんか、告白でもされてるみてぇだ」
「みたいじゃなくて、してんだよ。
アンタ本ッ当にその辺鈍いんだよな、だからモテねぇんだよ」
好きだ、なんて言うつもりはない。そんな甘っちょろいモノじゃない。
「なァ近藤さん」
「ん?」
左腕を伸ばして肩を抱きぐいと引き寄せる。
近づいてきた耳元に、小さく囁いた。
「 」
ぱくぱくと金魚のように口を開け閉めする近藤に一頻り笑って、土方は
先に帰ると告げて其処を立つ。
線香の代わりに吸いかけの煙草を墓石に供え、アンタはゆっくり帰って来いよと
手を振って歩いていった。
言葉を失くしたままで呆然としていた近藤は、ややあってから不貞腐れた表情のまま
墓石の方へと向き直った。
不意打ちは反則だと思う。
「……ミツバ殿、どうしたもんかね」
知らず物憂げなため息が漏れて、近藤は膝の上で頬杖をついた。
こんな話を彼女に振ること自体が間違いな気も多分にするが、大体にして自分が
相談できる相手なんて(しかもこんな内容で)武州にそうはいないのだ。
狭い村の中、惚れた腫れたの類はあっという間に筒抜けになる。
とはいえ彼女も眠りについて、まず返事が戻って来ることはないけれど。
「次に里帰りする時まで、ゆっくり考えてみるかな」
その頃には、自分の中にも答えがあるかもしれない。
そうしたらまた、此処でミツバに話をしてみようか。
じりじりと、墓石の上で燻る炎はフィルターへと向かって進んでいく。
立ち上る煙を追いかけて空を見上げれば、澄み渡った透き通る青。
それらを暫く見届けて、近藤はゆっくりと立ち上がるとそれじゃあ、と言って
小さく墓石に手を振り笑った。
<終>
最後はこんなカンジで締め。
トシが近藤さんになんて言ったかは、皆様脳内補完で。
ちゃんと言わせようと思ったけど、なんかピンとくる台詞がなかったのですよ。
そんなこんなでミツバ編にちなんだ話はこれにて全工程を終了しました。
最後までお付き合い下さった方、ありがとうございます!!