初めて彼女と会ったのはいつだっただろうか。
確か、まだ幼かった総悟が一人で遊んでいたところを、気になったから
声をかけて。
そうだ、思い出した。

 

人攫いかと勘違いされて、ミツバには大声を上げられたのだった。

 

 

 

 

 

 

思い出だけなら、山のようにある。
総悟と出会ったのと同時にミツバとも知り合って、それからずっとの
付き合いなのだ。
まだ一人で何かをすることができなかった年齢の総悟よりも、ミツバとは
もっと色んな話をしたし、なんだかんだで一緒に居る事も多かった。

 

「………寂しくなるよ、ミツバ殿」

 

もの言わぬ石の塊の下で、彼女は静かに眠り続ける。
もう、見ることは永遠にないのだろう。
総悟を叱った後の、仕方なさそうな苦い笑いも。
薬味に最高としきりに一味とうがらしを勧めてきた時の、明るい笑顔も。
そして、土方を見つめる時の、はにかんだような微笑みも。

 

 

 

 

 

 

ミツバと土方の関係については、どちらも自分から話すような人間では
無かったけれど、見ていてすぐに気がつくことができた。
少なくともミツバの想いの方は分かり易いと感じたし、頑なに口を
閉ざしてはいたけれど、彼女を気遣う土方の姿にも特別な感情が
あった事などすぐに理解した。

 

「トシには言えなかったけど……実はな、江戸に出ると決めた時、
 本当はトシを武州に置いて行くつもりだったんだ」

 

言わなくてもミツバと共に残るだろうと、そう考えた己がきっと甘かったのだ、
自分がそれを言い出す前に、土方はふたつ返事で答えた。
『ああ、分かった』と、たった一言。
それからは土方と二人、出発はいつにするか、道場はどうするか、
着々と準備を進めてしまって、気がつけば肝心の言葉を言いそびれている
自分がいた。
ならば総悟は残るだろうか、たった一人の家族を置いてなど来れやしまい、
そう考えていた矢先に、ある朝道場にやってきた総悟は開口一番で自分に言った。
『江戸で一旗揚げるなら、俺もお供しやすぜィ』と。
まるで当たり前のように言い出す総悟に、本当にもう、自分ではどうにも
ならないところまで来てしまったのだという事を知った。
だが、怒涛のような展開に、ミツバを振り返っている余裕が無かったのも事実。

 

後悔は、江戸に出て『真選組』を立ち上げた後に襲ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

武州を出る前の慌しさの中、たった一度であるがミツバと二人で話す機会があった。
土方が決めた事も、総悟が決めた事も、何ひとつ彼女は口に出す事はせず、
ただ一言「弟を宜しくお願いします」と彼女は自分に向かって頭を下げた。
本当は、そんな事を言いたいのではなかっただろう。
大切な肉親も、惚れた相手も、全て取り上げて出て行ってしまう自分を、
きっと彼女が恨まない筈は無かったのに。
それだけで彼女がどれだけ強い人物であったか窺えるものだ。

 

「……ミツバ殿、江戸に出て、俺にも好きな人ができました。
 お妙さんって言って……少し、貴方に似てるような気がします」

 

あの夜、彼女が悲しそうに笑いながら言ったのを思い出す。
自分も男に生まれていたら、総悟の兄として生きていれば、もっと世界は
変わっていたかもしれない。
誰に置いて行かれる事も無く、皆の傍で、生きていけたかもしれない。
何と答えて良いのか分からなくて困った顔を見せてしまった自分に、
ミツバは気にしないで、と笑いながら言った。

 

 

『男だったなら、きっと私は十四郎さんじゃなくて、貴方を好きになってしまっていたわ』

 

 

近藤さんはそれだけ魅力的な人よ。だけど、女の私に貴方はちょっと眩しすぎるの。

 

 

 

 

きっとそれは本音だろう。

あの時見せた彼女の笑顔は、はにかんだような微笑みだったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミツバ殿…どうしてかな、今になって貴方に話したい事が
 山のように出て来るんだ」

 

お、と声を上げて近藤は空を仰ぎ見た。
ぱらぱらと灰色の空から降り出した雨を、手を翳して受け止めて。

 

 

「また来ますから、その時には懲りずに聞いてやって下さい」

 

 

ふと口元に笑みを乗せて、近藤は静かに座する墓石を愛おしそうに見つめたのだった。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

ミツバさん死後の近藤独白。

結局、あの面子の中ではミツバと近藤が一番微妙な関係なんじゃないかと。

総悟は弟だし、トシは惚れた相手だし。

ミツバにとって近藤さんってどういう存在だったんかな…。