ちょっと外に出るから、良い子で留守番していろよ。
そう言われて、新八は留守を預かる桂と共に其処に残ることになった。
桂は「ヅラ」とさえ呼ばなければ、一緒に遊んでくれたりもするいい人だけれど、
どこか謎も多い。
銀時や坂本や高杉が何処に行ったのか、とか、何をしに行ったのか、などと訊ねても
のらりくらりと見当外れの事ばかり答えてまともに教えてはくれなかった。
日も暮れて、辺りが暗くなってきたので、家屋の周りを2人で明かりを灯して回る。
普段でも誰かと一緒に明かりを点ける事があったが、自分達は此処に居るよ、と
外に居る仲間達へ知らせるようで、新八はとても好きだった。
庭から縁側に上がり部屋の中にも火を入れて、中から玄関に回ってそこにいる筈の
桂の元へと駆け寄る。
「遅いぞ少年、もう火を入れてしまった。
俺の勝ちだな、ははははは!!」
「べつにくやしくなんかないよッ!!」
「顔はそう言ってはおらんようだがな?」
「くやしくないもんッ!!」
何だか勝ち誇ったような表情で笑う桂に頬を膨らませて新八が見上げる。
その新八の目が、きょとりと瞬いた。
「………ヅラさん?」
さっきまでの笑いは微塵も見せず、睨むように桂は門の外へと目をやっている。
風に乗って感じる、この臭いの元は、まさか。
「おい少年、寒くなってきたから中へ…」
「あッ!!銀さんたちだ!!」
桂が新八の手を引くより先に、新八の方が先にその門の向こうからやってくる
集団を見つけてしまって、桂の口元から小さく舌打ちが零れ出た。
今はまずい、と思ったのだが。
「よーヅラ、留守番ご苦労だったな。新八もな」
「銀時………お前達も…」
「ったく、今回のは梃子摺らされたぜ」
「全くじゃ、向こうさんが武装しとるとは思わんかったきに」
銀時の後から高杉と坂本もやってきて、桂は眉を顰めて口を閉ざした。
3人はあちこち泥と擦り傷に塗れ、服には誰のものとも知れない血糊が
べっとりとこびり付いている。
先程に鼻孔を突いた血の生臭さはこれのせいだろう。
銀時がいつもの様に新八の頭を撫でようとして、ふとその手を止めた。
「……新八?」
様子が変だ。
どこか青褪めたような顔色のままで、泣きそうな顔をして見上げていた新八は、
触れようとした銀時の手を払い除けて、一目散に家屋の中へと駆け込んでいった。
「なに?どうしたの、アレ?」
「………分からないのか、阿呆共が」
「え?え?」
「その出で立ちを鏡でじっくり見てみるといいだろう。
とにかくお前達はまず風呂だな。
ついでにその服も処分しておけよ」
「……ああ、そういう事か」
桂の言葉に納得したような声を漏らしたのは、実は高杉だけだ。
あとの2人はやっぱり分からないのか、しきりに首を捻っている。
流石に呆れが隠せない様子で、吐息を零して桂は銀時と坂本を睨めつける。
「血塗れの人間を目の前に、怯えない子供が居ると思うのか、馬鹿が」
少年の方は俺が何とかするからと高杉に言い残して、桂は新八の後を追って
家屋の中へと入っていった。
取り残されるようにしていた銀時と坂本の背中を後ろから蹴りつけて、
高杉が2人を門の内側へと押し込む。
しょうがない、大きな子供はこっちで面倒を見るしかないだろう。
どっちにしたって面倒なことこの上ない、と高杉は顰めっ面を隠しやしなかった。
部屋の隅に蹲るようにしていた新八を見つけ、桂はゆっくりと歩み寄る。
その前に膝をつくと、その小さな頭をぽんぽんと優しく2度、叩いた。
「怖がらせてしまったな、すまなかった」
「………。」
ふるふるとゆっくりと頭を横に振ると、新八はゆっくりと顔を上げる。
その表情は桂が想像していたものとは違って、怯えた表情があるわけでなく、
ただ少し泣きそうに眉が下がっていただけだった。
「どうした?」
殊更優しくそう訊ねると、少し口を噤んだ新八が恐る恐るといった風に口を開く。
「みんな……ケガしたの?」
「え…?」
「だって、あんなに血がいっぱい………」
「………ああ、」
合点がいったと桂が頷く。
どうやら新八はアレを3人が戦って傷つき流したものだと思ったらしい。
実際あれだけピンピンしているところを見ると、単なる返り血なだけだ。
「心配ない、みんな元気なものだ」
「……本当?
死んじゃったり、しない?」
「するものか。
ケロリとした顔でみんな風呂に行ってしまったぞ。
ほら、一緒に入るなら少年も早く行ってきなさい」
「………うん!」
桂の言葉に2、3度瞬きを繰り返すと、新八は頷いて笑顔を見せた。
ぱたぱたと遠ざかって行く足音を聞きながら、桂が思案するように少しだけ
瞼を伏せた。
(随分と………懐いてしまったようだな)
いつまでも手元に置いておける存在ではないので、桂にはそれがあまり良い事の
ようには思えなかった。
<終>
ヅラがなんかお母さんのようだ。(笑)