西の空が茜色に染まり、空では遠く烏の鳴く声が聞こえてくる。
そんな時間に、屯所の入り口の前で座り込んでいる少年が一人。
砂利を踏みしめてそこに近付くと、土方は懐から煙草を取り出し火をつけた。
「いつまで其処にいる気だ、総悟?」
「……近藤さんが帰ってくるまででさァ」
「へぇ、ちっとは責任感じてるみてーじゃねぇか」
「………。」
ふぅ、と煙を吐き出しながら土方が揶揄うように口元に笑みを乗せた。
だが沖田がそれに食ってかかる事も無い、少しは反省しているようだ。
だから止せと言ったのだ、地下闘技場に手出しをすることは。
幕府のお偉方が絡んでいる所になど手を出せば、後々面倒な事になるのは
目に見えて分かっていただろうに。
それも、まず真っ先にお咎めがくるのは自分達じゃない。
この真選組という部隊を率いている大将の近藤だ。
彼のことを考えればこそ、あそこに手出しをすることは避けていたというのに、
それをものの見事に沖田は台無しにした。
実際、彼一人に背負わせる事なんてできやしないから、不本意ながら土方も
動かざるを得ない状況になったのだが。
「これで近藤さんの身に何かあったら、おめぇはどう落とし前つける気だ?」
「そん時ゃ、潔く腹かっ捌きまさァ」
沖田の決意は本物だろう。
自分でしでかした事の重大さぐらいは分かっているか。
「とはいえ…まぁ、結局俺も部隊を動かしちまったしなァ。
 そうなりゃ俺も腹切るしかねぇな。………けど、」
短くなった煙草を足元に落とし踏み消して、土方は屯所の看板に凭れかかった。

 

 

「近藤さんの身を一番に案じるなら、こういうのはこれっきりにしろ」

 

 

土方の言葉に沖田からの返事は無い。
だが、反論も無いという事は肯定したと見て構わないだろう。
「万事屋も言ってたよな、魂が折れりゃ死んじまうってよ。
 正直なところ、その意見には俺も同感だ。
 アイツのソレはしょーもねぇ正義感とか武士道とか、そういうモンかもしれねぇ。
 だが俺らにとっちゃ、魂ってのはそういうモンじゃねぇ。
 俺らにとっての魂は正義感でも武士道でもなくて、近藤さんそのものなんだよ」
だから、何よりもまず護るべきは近藤勲でなくてはならないのだ。
「近藤さんは……俺の、お前の、そして真選組の魂だ。
 …分かってるな?」
土方の言葉にこくりと首を縦に振った沖田が、あ、と道の向こうに目を向けて
立ち上がった。
同じように土方も視線を向ければ、よろよろとした足取りで戻って来る大将の姿。
「なんでェ……どうしてあんな、ボロボロに……」
「ちくしょう、やっぱなんかあったのか…!?」
あちこち泥に塗れ、左腕の袖なんか破れて何処かへ行ってしまっている。
まさに満身創痍という言葉が相応しい出で立ちに、大慌てで2人は駆け出した。
驚いたのは近藤の方だ、なんせ悪ガキ2人が心底心配そうな顔して転がるように
向かってきたのだから。
「おいおい、なんだよお前ら、なんでそんな顔するんだ?」
「近藤さん!!こりゃ一体何事で…!?」
「……ああ、ちょっとな」
「ちっくしょ、幕府の奴らめとうとう実力行使に出やがったのか…!!」
「殴り込みなら協力しますぜィ、土方さん」
「ちょーっと待った待った!!違う!!違うからァァァ!!
 早とちりし過ぎな上に、そんな事したら今度こそ俺の首飛んじゃうから!!」
これは単にドーナツ作りに失敗しただけなの!!と幕府の連中に告げたのと
同じ言い訳をしながら2人の背を押し近藤は屯所へ向かう。
なんにせよ今回は切り抜けたんだ、これ以上ややこしいことになるのは御免である。
「あの………近藤さん、俺……」
「ああ、ああ、もういいから。
 別に総悟のした事で、俺は怒ってなんかないから」
「近藤さん、アンタ総悟に甘いんだよ」
「一緒になって殴り込んだトシが言うんじゃない」
「あいてッ」
ベシっと土方の後頭部を叩くと、近藤は2人を引き連れて局長室へと入る。
そこに2人を座らせて、向かいに腰を下ろした近藤はさてどうしたものかと首を捻った。
お説教なら簡単だが、間違いを起こしたわけじゃない、なんだか違う気がする。
けれど彼らに文句を言いたい事だってあるのだ。
うーん、と一頻り唸った末に、近藤が口を開く。
「俺ァよ、てめぇの気持ちに正直に動いた総悟を叱るつもりはねぇ。
 アレのバックにでかいのが張り付いてたってのは確かに厄介な事だったけどよ、
 それでも不正が許せねぇと、理不尽に人の命が賭けに使われ奪われてるっていう
 現実を許せねぇと、てめぇの剣ひとつで動こうとした気持ちも分かる。
 あと、真選組を巻き込めないからと、あくまで私用で動いたって気遣いもな」
「…………。」
頭ごなしに叱られるならまだしもこの言い分、やはり彼は良い所しか見ていない。
だがそれが逆に居た堪れない気持ちにさせられて沖田はしゅんと肩を落とした。
「それからトシ、そんな総悟を放っておけずに部隊を動かした判断は正しいな。
 全部知ってて尚それを放っておくなんざ、仲間のする事じゃねぇよ。
 結果的に闘技場は潰せたし、結果オーライだ」
「近藤さん、あんた、俺らを褒める為に連れて来たのかよ」
はぁ、とため息を落として土方が呆れたような言葉を投げた。
てっきり説教が待っていると思って覚悟していたのに、何だか拍子抜けだ。
だが近藤は土方の言葉に首を横に振る。
「もちろん文句だって言いてぇ事は山ほどある。
 けど、過ぎた事を言ったってしょうがねぇだろう?
 そんな事より俺が言いたいのは………どうして俺に黙ってたのか、ってこった」
「………それは、」
「あくまで私用で走った総悟はまだいい。
 だがトシ、組織を動かそうとするならば、お前は俺に報告すべきだったろ」
「それに関しては全面的に俺に非がある。悪かった。
 ただ……極秘裏に済ませたかったってのだけは、分かってくれ」
「そりゃ分かるけどさぁ、バレちゃ意味ねーだろが」
「いや、まぁ……」
「大体さぁ、あの闘技場の存在を知ってたのも、それをどうにかしてぇって
 思ってたのも、お前らだけだとでも思ってたわけ?」
「……え?」
拗ねたような口振りの近藤の言葉に、土方と沖田は揃って顔を上げる。
真正面から見た大将は、どこか仲間外れにされた子供みたいな表情をしていた。

 

 

「今度やる時ゃ、ちゃんと俺も連れてけよ」

 

 

黙ってるなんて水臭ぇことしてんじゃねぇ。
そう言って笑う近藤は、本当に自分達の事しか考えてくれていない。
近藤自身は、その後お上に呼びつけられ、ネチネチとお叱りを受けていたのだろうに、
その行動を諌めようとする気配はひとつも見られずに。
「近藤さん…」
「とっつぁんとな、次やる時はバレねぇようにすっからって約束したんだ。
 だから、次こんな事があったら総悟は勝手に一人で走らない、トシはちゃんと
 俺に報告を入れる、そんで公にバレないような作戦をちゃんと立ててから、潰す。
 約束しろよ、お前ら。でないと俺、次こそ首飛ぶかもしれねーしな」
「近藤さん……あんた、本当に甘ぇよ。
 総悟だけじゃなくて俺にも、真選組にも、甘すぎる」
「そうか?
 元々俺らのやりてぇようにやってきた組じゃねぇか、今更だろ」
「……そうかもしれねぇけど……!!」
更に言い募ろうとする土方の言葉を手で遮って、近藤は苦笑を浮かべると先刻から
一言も発していない沖田の頭へと掌を伸ばした。
くしゃりと撫で付けると沖田の肩が揺れて、膝の上で握り締めた両の拳にぱたりと
涙が一滴。
「泣くんじゃねぇよ、総悟。
 お前は何も悪くねぇんだから、なぁトシ?」
「……まぁ、手間はかけさせられたけどな」
「ごめ……なさ……」
「うん」
「俺…ッ」
「うん」
しゃくりあげるように何度も言葉を詰まらせながら、沖田にできたのはただ謝ること
だけだった。
「ごめんなさい………近藤さん……」
「いいから、もう怒ってねぇから、泣くな泣くな男だろ!!」
ぎゅうとあやすように抱き締めて背中を撫ぜると、更に止まらなくなったか小さく
押し殺すような嗚咽が漏れてくる。
これは相当堪えたんだろうなァ、と土方はのんびり煙草を燻らせて考えた。
いっそ頭ごなしに叱りつけられた方がどれだけマシだったか。
右手を伸ばして些か乱暴にぐしゃぐしゃと土方が沖田の頭を掻き回すと、
ドス、と沖田の左手が伸びてきて土方の脇腹に命中した。
どうやら自分の慰めなどは必要としていないらしい。
煙を吐きながら近藤へ視線を向けると、同じように目だけ向けて彼は自分に
笑いかけた。
結局これで、目出度し目出度しにしてしまうつもりなのだろう。

 

 

(……まったく、いつまで経っても締まらねぇ組織だなァ、此処は)

 

 

それでも大将が近藤勲である限りは、それも悪くないか、なんて土方は思うのだ。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

うちの真選組3人衆はこんなカンジ。

酷く落ち込んだ時だけは、総悟はちゃんとトシの言葉も聞くんだろうなぁ。

 

ほんでもって、心なしか沖→近→←土なイメージで書いてみたというか。(笑)
近藤さんは総悟を徹底的に甘やかすけど、トシにはちゃんと叱るといいな。
そこが愛の差というか。トシ的には複雑ですが。