ピュイィィ、と神楽が指笛を吹くと、一体それは何処に潜んでいたのか、
外塀を飛び越えるようにして入ってきた。
真っ白い巨大な犬。定春だ。
「定春、行くアルよ!!」
「ワン!」
ひらりと定春の背に跨ると、神楽は真っ直ぐに前を見詰めた。
つい5分ほど前の話だ、巡回をしていた近藤が攘夷浪士達に囲まれたらしいという
一報が入った。
とはいえこれは作戦のひとつ、近藤を囮にして街を歩かせ、出てきた攘夷浪士を
一掃し、尚且つ何人か捕えてアジトを吐かせる。
そうしょっちゅうというわけではないが、時折この方法は取られていた。
真選組局長ともなれば、それなりに顔も売れている。
攘夷志士からすれば彼を討ち取って世間に自分達の力を知らしめる良いチャンスだ。
ところが今回、ひとつ誤算があった。
相手の攘夷浪士達が、刀だけでなく銃火器を持っていたという事。
刀で斬る事を本分とする侍が、鉄砲に手を伸ばしたのだ。
「……本末転倒だろうが、目的の為には手段を選ばねェってか?」
「けど、どうしやす土方さん。
この人数じゃ些か分が悪いですぜィ?」
「心配すんな、山崎に援護を呼ばせた。
今暫く堪えりゃ、形勢は逆転も……って、アレ、ちょ、おい…?」
「ありゃァ……」
ドドドド、と重い地響きを伴ってやってきたのは真っ白な獣。
そしてその背に跨るのは、真選組の隊服を着込んだ桃色の髪の少女。
「………チャイナさんじゃないか…!?」
刀を構える事も忘れ、呆然と近藤が呟いた。
「退くアルよ、雑魚共がァァ!!」
傘を前向きに構えて引き金を引く。
突然のことに動揺した攘夷浪士も神楽を敵を見なして銃を向け始めた。
「…いかん!!
トシ、総悟、畳むぞ!!」
「了解」
「ったく、面倒な事になっちまったぜィ」
さすが戦闘部族の夜兎であると言えばいいだろうか、彼女は強かった。
けれど、強ければ良いというわけじゃない。
ただの喧嘩じゃないのだ、これは。
喧嘩じゃなくて、殺し合いなのだから。
まったく予定外もいいところだ。
攘夷浪士を何人か生け捕りにしたかったのに、結局全員斬るハメになって、
やれやれと近藤は重たい吐息を零す。
沖田は現場に居残り後処理を指揮しているし、土方は遅れてやってきた山崎を
刀を振り翳しながら追いかけ回している。
当初の計画通りの事が進まなかった事に苛ついているのだろう。
そして近藤は神楽を背負って屯所に向かって歩いていた。
頑丈に出来ているからなのか、あまりこの少女は怪我だとか傷だとか
そういった事に頓着していないらしい。
肩に銃弾を受け跪いた時も、手を伸ばそうとした自分達を振り払って尚も
戦い続けた。
もういいからというこちらの言葉なんて聞く耳も持たず。
「チャイナさん、あんまり無理しちゃいかんよ」
「無理なんてしてないネ」
「けど、怪我したじゃないか」
「こんなの怪我の内に入らないネ。
明日になったら全部綺麗に治ってるアル」
「……チャイナさん」
後ろからの銃弾に肩を貫かれて、神楽が地面に膝をついたのを見た時、
ざあっと血の気が引く感覚を近藤は感じていた。
「あんまり馬鹿な事言うと、張っ倒すぞ」
その声のあまりの真摯な響きに、思わず神楽が口を噤んで目を向ける。
背負われている身では近藤がどんな表情をしているのかまではハッキリと
分からないが、何となく雰囲気で怒っているのだと、直感した。
「……なんで怒るアルか、お前」
「なんでって……そんな事も言わないと分からないのか。
万が一チャイナさんに何かあったら、俺が万事屋に殺されちまうだろう」
「…………。」
「それに、年頃の女の子が傷でも残したら大変だぞ」
弾は幸いにも貫通していたし、すぐにスカーフを割いて肩に巻いたから、
神楽の言う通りの治癒速度ならばそろそろ血も止まっているだろう。
けれど、治るから構わないなんて理屈は通らない。
この少女自身がそう思っているのだから、始末に終えないが。
「心配してるんだよ、これでもさ」
「……悪かったアル、ゴリー」
「え、なんか呼び方変わってない?
なんか親しげになってるけど、でもゴリラなの変わってないよね!?」
「あと……作戦も邪魔してしまったみたいアル。
ごめんヨ、ゴリー」
「………。」
ぎゅうと首にしがみ付いて神楽が呟くように言えば、前を向いたままで
近藤がくつくつと小さく笑いを零した。
「チャイナさんが無事で、良かったよ」
<終>
なんかほんと、父娘みたいだなぁコレ。(笑)