廊下を歩いていたら奥から近藤がやってきたので、片手を上げて挨拶を
しようとして、土方がふと眉を顰めた。
「おい、近藤さん」
「ん?どうしたトシ?」
「どうしたじゃねェよ、アンタ……上着はどうした?」
「ああ…アレな、」
秋も深まってきた季節に、シャツとベストだけの姿は少し寒そうだ。
顎に手をやり首を傾げて少し考えていた近藤は、小さく笑って土方の腕を引いた。
「ちょっと来てみろ」
「え、ちょ、何だよ!?」
「いーからいーから」
自分の問いには全く答えようとせず、近藤は腕を取ったまま元来た道を戻って行く。
局長室の前で足を止めて、しー、と口元に人差し指を当て土方に黙るように示した。
「チャイナさんがな、どうしても着てみたいって言うからさァ、
 ちょっと貸してあげたんだけどな?」
「……それと今のこの展開に、何の関係があるんだよ」
「まぁ見りゃ分かるさ」
ひそひそと小声で言葉を交わしながらそっと障子の隙間を開け、土方に見るように示す。
何事かと覗き見た土方の目が、呆気に取られたような色を示した。
姿見の前で一生懸命着こなそうとしている後姿だが、目線はこちらの方が上なので
鏡に映った神楽の姿が一目瞭然だ。
そもそも体格が全然違う近藤の服を借りること自体が間違っている。
袖の長さも丈もブカブカで、裾は踝までを覆っていた。
なんか、これは。

 

 

「着るっていうより………着られてんじゃねェかよアレ……ぷッ」

「笑うなトシ、なんか可愛いだろ、アレ」

 

 

可愛いけど、本人的には格好良くキメたかったようで、すこぶる機嫌は悪そうだ。
今にも癇癪起こしそうな顔をしたから、近藤は神楽の頭を撫で、少し待ってろと
言い置いて部屋を出てきたのだ。
そんな一連を思い出したか、障子を閉めると近藤はまた廊下を歩き出す。
何となくその後ろをついて歩きながら、それで、と土方は煙草に火をつけて問い掛けた。
「何処行くんだよ、近藤さん」
「いやな?確かもっとサイズ小さい隊服の在庫があったと思ってよォ」
「げ、まさかあのチャイナに隊服やるつもりなのかよ!?」
「まー、いいじゃないか、着たいってんだから」
はははと豪気に笑う近藤の背中を眺めて、土方は呆れを通り越した吐息を零した。
この人は本当に、規律とか、世間体とか、そんなのをまるで分かっちゃいない。
「初の真選組女性隊員だぞ?まぁ…ちと歳も背丈も足りんがな」
「総悟の暴れる機会が増えるだけじゃねぇか」
「うん、まァ……元気なのはいいことだ」
暴れるという単語にぴくりと反応を示したが、近藤も負けじと答えてくる。
なかなか粘るじゃないか、と土方はニヤリと口元を歪めた。
あと一押し、あの一言を言えば、きっと近藤も頭が冷えるだろう。
だけどそれは最後の一手だ、まだ言っちゃいけない。
攻めの一手をいつ繰り出すべきか頭の中で考えていたところで、前を歩いていた近藤が
ピタリと足を止めた。
不思議に思って顔を上げれば、ガリガリと頭を掻きながら途方に暮れたような顔で
近藤が土方を振り返る。
「俺だってなァ、トシ。最初は止めたんだぞ?
 けどなァ………チャイナさんが言うんだよ。
 侍は一宿一飯の恩義はキッチリ返す、だから真選組にもちゃんと恩を返す。
 7借りたら3返す、ってさ」
「どこのヤクザの台詞だそりゃあ」
「そんでな、思っちまったんだよ。
 ああ、この娘は本気なんだなァ……ってさ。
 危ない事はさせられねェが、チャイナさんの心意気を無駄にするわけにもいかねェ。
 だからよ、ちょっと協力しちゃくれねーか?」
「…………まったく、近藤さんって人は…」
両手を合わせて拝むように言われては、土方もそれ以上は強く出られなかった。
ここまで言われて止めることなんてできやしない。
いつだって相手の事を第一に考える人だから。
「しゃーねェなぁ。9号でイイのか」
「いや、意外と肩幅があるんだよチャイナさん。
 11号の方がいいな」
「了解、貰ってくる」
「………トシ」
近藤の肩に手を置いて彼を追い抜くように前に出た土方に、少し驚いたように
目を開いて近藤はその名を呟く。
それはおかしくはないだろうか。
だって、今の今まで反対していたじゃないか。
そうでなくたって、あの娘を此処に置く事を苦く思っているのはコイツの筈だ。
なのにこれは、どうしたことか?
正面からぶつかるのに、何故だか必ず最後には背中を押してくれる。
その不思議な感覚に、いつだって自分は戸惑いっぱなしだ。
「トシ!」
「…ん?」
思わず背中に向かって声をかけると、くるりと首だけ傾けて振り返った
咥え煙草の男へと。

 

「………ありがとな!」

 

満面の笑みを乗せてそう言えば、土方はまた前を向いて、右手だけを持ち上げて
その言葉に答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらネー」
「あァ!?」
「えッ、なんでチャイナさんッ!?」
べし、と畳に投げつけられた隊服を見て、土方の眉間に青筋が浮き、近藤は
驚いたように声を上げた。
「だってコレ、ジミーのと同じアル。こんなん地味すぎて嫌アル。
 私、ゴリラやマヨラーと同じのが着たいネ」
「バ…ッ、て、てめー、これは隊長格だけの服だ、おいそれと一般人に
 着せるわけにゃいかねーんだよ!!」
「嫌アル、それがいいネ。マヨラーそれ脱げヨ」
「ふ…ッざけんなこのクソガキがァァァァァ!!!」
「ああああトシィィ、落ち着いて!!刀しまって、刀!!」
思わず抜刀しかかった土方の腕を慌てて押さえると、近藤はちらりと神楽へ視線を
向けた。
じっと見てくる目は、妥協を許してない目だ。
「………チャイナさん、この服はな、」
「分かってるヨ。隊長しか着れない凄い服アル。
 だからこそ私その服着たいネ。
 でも隊長でないと着れない……だったら、」
すっくと立ち上がって、神楽は肩に紫の傘を担いで言い放った。

 

「手っ取り早く、一番隊隊長でも血祭りに上げてくるアル」

 

大慌てで2人が止めたのは言うまでもない。
そして数刻後、神楽には隊長にのみ支給される隊服が与えられていた。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

トシの最後の一手は「始末書」の3文字。(笑)

でもってちゃっかり土近の空気を狙ってみる。(姑息)