パン!と両手を合わせて拝み倒され、近藤は2つ返事で引き受けた。
それが、昨日の話。

 

 

 

 

「近藤さん、近藤さん、起きて下せェ」
「ん〜……なんだ総悟……こんな朝っぱらから…」
「表に怪しいチャイナが居るんですが、殺っちまっていいですかィ?」
「…………、ダメーーーーー!!!!!」
ちゃき、と鯉口を鳴らして言う沖田に、近藤が慌てて飛び起きた。
事の起こりは昨日の話だ。
たまたまバッタリと飲み屋で顔を合わせた万事屋と酒を飲みながら
世間話をしている中で、頼まれたのだ。
うちの神楽を、10日間ほど面倒見ちゃくれねェか、と。
よくよく内容を聞いてみれば、珍しく大口の依頼が舞い込んできて、
自分と新八はそれに赴かなければならないのだが、今回の依頼に女手は
必要ないと言われた事もあって、神楽を置いていくことになったらしい。
一人でも大丈夫な歳だとは思うが、一応アレでも女の子、1日2日なら
まだしも10日ともなればやはり心配だ。
本当は誰かに預けて行きたいが、さすがに下の家主に頼むわけにもいかないし、
お妙は丁度職場の友人達との慰安旅行に重なってしまうようで、頼んではみたが
申し訳なさそうに首を横に振られただけだった。
こうなると、頼める相手は限られてくる。
銀時の顔は良くも悪くも広く浅い付き合いばかりなので、こういう込み入った事情に
なると、どうにもならないのだ。
桂は頼む以前に何処にいるかすら分からない(この辺りは近藤には伏せておくが)し、
そうなると消去法で残ったのは、武装警察を名乗るお笑い集団だけだ。
なんだかんだで縁も深く、例え誰かが仕事で屯所を空けようとも必ず何人かは
待機しているので、神楽が一人になるという事はまずない。
そういったもろもろの事情を、ある程度オブラートに包んで銀時が話せば、
近藤は2つ返事で頷いたのだ。
10日も年頃の女の子を一人にしちゃあイカン!何かあったらどうするんだ!!と、
至極真っ当な親父っぽい意見を主張した上で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタはまた………此処は託児所じゃねェんだぞ!!」

 

大仰なため息を漏らした上で、近藤にそう怒鳴ったのは土方だ。
「犬でも猫でも人間でもホイホイ拾ってきやがって!!」
「拾ったんじゃないぞ、トシ。預かったんだ」
「うるせェ!!どっちも似たようなモンだろうが!!
 さっさと返して来い!!」
「だ〜からぁ〜、返そうにも万事屋はもう仕事行っちゃっていねぇって」
預かったものは仕方が無いのに、今更不毛な会話をしてどうするんだろう。
飲むかい?と神楽にジュースを渡しながら、聞いていた山崎は苦笑を零した。
事情を聞いていく内に、みるみる土方と沖田の表情が強張っていったのが
自分の目にありありと映って結構面白かったかもしれない。
彼らにああいう顔をさせられるのは、きっと近藤だけだ。
尤も、沖田は今回相手が神楽だったからで、違うものならきっと表情を
崩しやしなかっただろうが。
「とにかく!!
 別に仕事の邪魔されるわけじゃなし、10日間だけなんだから
 問題ないだろう!!」
「だから預かる事自体に問題ありすぎんだろうが!!」
「それは過ぎた話だから言いっこなし!!」
「てめェ…!!」
山崎からすれば、男所帯に女の子一人放り込む事の方が問題ありすぎだと
思うが、そこを突付けばあちこちから物凄いツッコミが入りそうなので
とりあえず黙っておく事にした。
確か神楽は戦闘部族である夜兎の者だった、ならば生半可な男は全て返り討ちに
合うだろうし、そもそもそんな事が話題にも上らないということは、彼らにとって
神楽はそういう対象にもならないという事だ。
もちろん、自分もその内の一人だが。
3人(主に言い合ってるのは土方と近藤だが)の喧騒を物ともせずにジュースを
口に運んでいる姿は、なかなかどっしりと落ち着いていて器がでかそうだ。
実際は何も考えていないだけなのかもしれないけれど。
神楽を見ていたら気がついたのか、少女の丸い瞳が山崎の方を向いた。
何か言いたそうにしたので近付いてみれば、神楽は山崎の服の裾を掴んで。

 

「…………腹減ったヨ、ジミー」

 

ちょっと待てジミーって俺のこと?それって俺のこと?しかも地味だから!?
そう突っ込みを入れようとしたのだが、それが声となって口から出る前に、
部屋の中に居る誰の耳にも入るような大音量で、神楽の腹の虫が鳴り響いた。
それにはさすがに土方も近藤も目を丸くして神楽の方を見てしまう。
しん、と静まり返った部屋の空気に、少しばつの悪そうな顔をして神楽は
視線を逸らした。
「………ふん、今日はまだ朝メシ食ってないアル。
 だからちょっと、私の胃袋で飼ってる虫が主張したネ」
「こりゃまた、でけー虫飼ってんだな、お前」
「みるみる内に成長したアル。これからもっと成長するアルよ」
「そのまま胃袋突き破られて死んじまいなァ」
「んだとコラ!!やるアルか!?」
バチバチと火花を散らす沖田と神楽の肩をまぁまぁと宥めるように叩いて、
とりあえずメシにしようや、と近藤は笑顔を見せた。
こうなるともはや全てが有耶無耶だ。
仕方ない、10日以上は認めねーからな、と言い捨てて土方はそれ以上
何も言わなかった。
「山崎、メシの準備しといてくれや」
「了解ッス!」
「あ、ワタシ死ぬほど食うアルよ!!
 5合はメシ用意しとくネ!!」
「ははは、そんなに食うのか。
 よっぽど腹減ってたんだなァ」
ぐりぐりと子供にするように神楽の頭を撫でて近藤が笑う。
が、彼は知らなかっただけだ。

 

 

本当に、この少女が5合を一人で平らげることを。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

神楽ちゃんを愛でてみよう。

でも、どっちかっていうと近藤さんと神楽ちゃんを愛でるカンジ。