汽車の内側から、流れゆく景色を見遣る。
普段の移動手段は主に車なのだが、時折こうやって公共機関を使用する
こともあった。
大体は遠出をする時になるのだが、こういう時の移動は得てして仰々しい。
連れて行く隊士が多ければ一両丸々借り切ってしまうし、そうでなかったと
しても、少なくとも自分達の左右と前後2列は必ず隊士の人間に座らせる。
そして自分と大将である近藤も、決して向かい合って座る事は無い。
理由は至極シンプルだ。
外側の殆どが硝子でできた窓になっている汽車では、外からも敵に狙われやすい。
二人向かい合って腰掛けでもすれば、狙い撃ちに合うこと必至だ。
だから、これも定位置。
窓側に自分が座り、その隣が近藤。
初めて汽車で移動をした時に普通に向かい合って座ろうとした近藤へ、その理由も
含めて強く言えば、どこか複雑そうな顔をしたが何も言わずに隣に座ってくれたのを
よく覚えている。
前を見ても後ろを見ても黒ずくめばかりで、まったく楽しくねぇな、と
そこで土方は重い吐息を零した。
田舎の芋道場に身を置いていた頃には、想像もしていなかった現実。
江戸で一旗上げると言った近藤について行って、確かに刀は取り戻せたが
やっている事と言えばお上のご機嫌伺いだ。
もっと下の立場だったなら、上司の言葉に従わなければいけないけれども、
多少は自分の信念で動けたかもしれない。
けれど、どちらかといえば今の立場では部下の(主に一番隊隊長だが)尻拭いに
奔走する事の方が多かったりする。
近藤はそれでも仕方ねぇなぁの一言で片付けられてしまうのだろうが、お上に
少なからず反発心を抱いている自分にしてみれば、頭を下げるという行為が
どうにも苦痛で仕方が無いのだ。
(重いっつーか………根本的に向いてねェんだろうな……)
元々が何処にも属さず一匹狼で自分のしたいようにしか剣を振るってこなかった
ような人間なんだ、誰かのために、なんてできる筈もない。
トン、と左肩に何かが当たって、土方は視線を隣に向けた。
「………寝てんのかよ、気ィ緩みすぎだっての」
ぐう、と自分の言葉に返事をするかのようなタイミングで鼾が上がり、思わず土方の
口元が笑みの形に歪んだ。
仕方無いだろう、ずっと気を張りっぱなしだったのだ。帰路につく今ぐらいは。
「アンタについて来てみたはイイが……なんだろな、コレが本当に俺らの
やりたかった事なのかな……よく、わかんねぇよ」
そのままでは寝苦しいだろうと、近藤の首元に手を伸ばしてスカーフを解いてやる。
少し身動ぎをしたが、近藤に起きる気配は無い。
窓枠に肘をついていた身を起こすと、体勢を変えて自分の肩を枕に丁度良い位置に
なるように背中を下げると、丁度近藤の頭が逆に自分の枕にピッタリな位置になったので、
ゴツ、と半分頭突きでもするかの勢いで首を傾けて乗せると、ぐぉ、と面白い声が
上がってまた笑う。
そのまま視線を右へ向けると、夕焼けで茜色に染まる景色が目に入った。
武装警察である真選組を立ち上げる事になった際、近藤は土方に向かって頭を下げた。
組織を組む時は、必ずリーダーとサブリーダーが必要になるのが道理だ。
真選組でいえば局長と副局長という位になるのだが、その副局長に土方を据えたいのだと
頭を下げたままで、近藤はそう告げた。
自分にしてみれば寝耳に水もいいところの話で、俺はそんなガラじゃないと最初は断ろうと
思ったのだが。
「俺の代わりを務められて、俺が背中を預けられるのは、お前だけなんだよ」
一瞬、総悟は、と呟きかけて慌てて口を閉じたのだが、しっかり近藤には聞こえてしまって
いたらしい。
総悟はまだ子供だからダメだ、歳も背丈もだが、まだ心が子供だからな。
将来有望株ではあるけど、と笑いながら言う近藤にそれ以上は何も言えなかった。
正直なところ、土方にとって幕府も将軍も護りたいものでなければ
興味の対象にすらなっていない。
護りたいから護るのではなく、護らなければならないから護るのだ。
あくまで義務感でしかないものに意味なんてない。
けれど、あの日近藤が自分に言ったように。
(……護って、助けて、引っ張って………必要なら、盾にだってなってやるさ)
剣を振るしかなかった自分に、本当にそれだけの力と価値があるのだと言うなら。
そしてそれを他でも無いこの近藤勲が言うのであれば。
「………やべ、俺も眠くなってきた…」
欠伸を噛み殺しながら、近藤の頭に凭れたままで土方は外から視線を外した。
ここ暫くずっと、外は見晴らしの良い景色が広がっている。
そんな中でわざわざ命を狙ってくる馬鹿もいないだろう。
万が一こんな目立つところから狙ってくる酔狂な奴が居たとしても大丈夫だ、
今この場では、自分が近藤の盾になる。
内側は隊士達が守っているし、問題ない。
「ちょっとだけ………30分だけ、寝かせてくれな…」
変わらず隣にある重みと規則正しい寝息を聞きながら、土方もそのままの体勢で
ゆっくりと瞼を下ろした。
もし自分に、アンタの片腕となるだけの力や才能が、
それ以上に、アンタにとって俺がそれだけの価値ある人間なのだとしたら。
こんなに嬉しいことはないんだ、近藤さん。
<終>
まぁつまり、土方さんはどんだけ近藤さんが大好きなんだって話。(違う)