公園のベンチで、妙にダラけている男を見つけた。
マダオの長谷川ではなかったので、いつもと違う人物だったから気がついたと
言って良いと思う。
その男は黒ずくめの格好で、首にスカーフを巻いていた。
「サボりアルか、生意気なゴリラアルな」
「ん…?ああ、チャイナさんか」
持っていた傘をトン、と地面について神楽が声をかければ、ベンチに腰掛けていた男は
目を少女に向けて少しだけ笑った。
今日は生憎の曇り空、だから傘を差さなくても良いのだろう。
座るかい?と声をかければ、当然ネ、と神楽は隣に腰を下ろした。
「ゴリラは動物園に早く帰った方がいいアルよ。
でないと怖い保健所のオッサン達に連れてかれるネ」
「……チャイナさん、それどこまで本気で言ってるかなぁ?」
くちゃくちゃと酢昆布を齧りながら言う神楽に苦い笑みで返すと、近藤はあーと声を上げて
だらりと背凭れに体を預ける。
「銀ちゃんみたいヨ、お前」
「それは褒めてるのか貶してるのか、どっちだい?」
「少なくとも褒めてないアル」
「そうか、じゃあ止めよう」
言われて姿勢を正すように座る近藤を横目で見て、神楽はこくりと首を捻った。
サボリかと思ったのだが、どうやらそんな感じではない。
とはいえ天下の公務員が真昼間から公園でまったりしてるなんてのも考え難い。
「……真選組、クビになったアルか?」
「話が随分と飛躍するなァ……いや、それも違うんだけど」
「じゃあ、一体何してるアルか、こんなトコロで」
「…………。」
神楽の問いに答えず、近藤はただ笑うだけで躱す。
誤魔化したというのは神楽にもすぐに分かったが、それ以上を訊ねようとは
思わなかった。
そういえば、と近藤はふいにこの少女について思い出した事がある。
外見的に自分達と変わりが無いからついつい忘れがちになるが、この子供も立派な
天人ではなかったか。
それも、あの戦闘部族の夜兎。
「チャイナさんは……戦う事を怖いと思ったことはないかい?」
「へ?」
「前に、ターミナルでエイリアン相手に戦っていただろ?
あんなデカブツ相手に怖気もせずに、大したモンだと俺ァ感心したよ」
「………別に、怖いとかは思わなかったアル」
「凄いなァ、チャイナさんは」
「お前は怖いアルか?ゴリラ」
「ははは、そうだな………それで躊躇う事は無いが、怖いとは思うよ」
静かに答える近藤に、不審そうな表情で神楽は眉を顰めた。
なんだか少し、らしくない気がする。
いつもの近藤はもっと、こう。
「どうしてアルか?
私知ってるネ、お前、ほんとは強いアル」
「………どうしてそう思うんだい?」
「私、夜兎だから強い相手には反応するアル。
戦え、殺せ、って頭の中で誰かが言うネ。
地球に来てほとんどそれは無かったから、ココの人間は皆ヘタレって
最初は思ったアル」
それでも良く覚えてる。
危険だから殺せと、強いから戦えと、警鐘にも似た声が響いたのは
たったの5人だ。片手で数えられる程だけだ。
銀時と、土方と、沖田と、高杉と………そして、この男。
「私知ってるアルよ、ほんとはお前、あのマヨラーより強いネ」
「……そんな事言うとトシが怒るぞ?」
「ああもう!いい加減にするアル、クソゴリラ!!」
ばっと立ち上がると、神楽は傘を手に取り銃口を向けて近藤の額へ突きつけた。
なのに近藤は全く動じる事無く微動だにしない。
それがまた、イライラする。
「辛気臭いのは御免アル!!
言いたい事があるならハッキリ言うネ!!」
「………どうしてチャイナさんは、怖くないんだ?」
「は…?」
「どうしたら、戦うのが怖くなくなるかな」
「…………。」
突きつけていた傘を下ろして、神楽は地面に視線を落とした。
少しだけ考えるようにしてから、ぐっと顔を上げる。
「護りたいと思うモノがあれば、どんな事も怖いなんて思わないアル」
ターミナルの時も、巻き込まれた一般人を助けたいと思ったから戦えた。
昔のように何も考えず、ただ強いものに挑んでいた頃には決して考えも及ばなかったこと。
それだけ大事にしたい相手が、大事にしたい何かが、そこに在ったから。
「そうか………そうか。
アイツも、そうだったのかなァ……」
「アイツって誰アルか?」
「うん?………もう、戻って来ない奴さ」
「…お前、はぐらかすの上手いネ。ムカツク」
「何となく分かった気がするよ、ありがとな、チャイナさん」
「え、あ…!!」
ベンチから立ち上がると、ポンと神楽の頭に手を置いて近藤は歩き出した。
待てと声をかけようとしたのに、それは一歩間に合わず。
「ムカつくゴリラアル」
チッと小さく舌打ちを零すと、神楽はもう一度ベンチに腰掛けた。
すれ違った瞬間に微かに感じた血の臭いは、気にしない方が良いのだろう。
<終>
まさか神楽と近藤さんでシリアスになるとは思わなかった。(汗)
基本的に、この2人は単品だととても静かになる人種なんじゃないかな。
周りに流されて盛り上がるタイプ。ハメ外したらもう止まらないけど。(笑)
ちなみに近藤さんに何があったかですが、漠然と答えを。
自分を庇って部下が死んだとか、そんな事があったんじゃないかな、ぐらいで。