「おい新八、おいって!聞いてんのかコノヤロー!!」
「あ…」
呼ばれて我に返ったように新八は視線を前に向けた。
目の前に立っているのは、呆れたような顔をしている銀時だ。
ゆるりと億劫そうに視線を動かして周囲を見遣ると、大通りを歩くたくさんの人がいて、
その内のいくらかがチラチラとこちらへ視線を寄越していた。
俯くように目を下へ向けると、取り落としたのかスーパーのビニール袋が落ちている。

 

(………戻って、きた?)

 

これは喜ばしいことだ。
自分の本来生きるべき場所に戻って来た。
「おい、新八?」
ぺち、と軽く頬を叩かれ新八は顔を上げる。
その顔を見た銀時が軽く目を瞠った後に、怪訝そうに眉を顰めた。
「新八、お前……」
何か言おうとした口を噤み、銀時は前を歩く神楽を呼び戻す。
「何アルか、銀ちゃん?」
「おめー、コレ持って先帰ってろ」
「人使いの荒い天パアル」
「うっせーよ。早くしろ」
落ちていたビニール袋を拾い上げて神楽に押し付けると、まだ文句を言いたそうに
していた少女は、だが新八に目を向けるとそれ以上は言わなかった。
ただ「なるべく早く帰ってくるアルよ」とだけ言って、神楽は万事屋へ向かって
少し早足で歩き去って行く。
それを見送って、銀時は手ぶらになった新八の手首を掴むと、ずるずると路地裏へと
引き摺っていって、そこで足を止めた。
掴んでいた手を離して、くるりと新八の方を振り返る。
「んで、どうした?」
「………なにが、ですか。
 別に、何も……」
「何もねェで、そんな顔はフツーしねぇんだよ」
今にも泣きそうな、だけどどんな風に泣けばいいのか分からないような、
癇癪を起こす寸前の子供のような、そんな顔。
神楽もそれに気がついて、彼女なりに気を回してくれたのだろう。
「なんかあったか……っても、フツーに歩いてただけだもんなァ」
困ったように言う銀時の言葉は、新八の耳を右から左へ流れて行くだけだ。

 

 

(………置いてきてしまった。)

 

 

あの場所に、たった一人。
全て失ったと泣く、銀時を残して。
非情にも自分は戻って来てしまったのか。
一人ぼっちにはしないと抱き締めた腕を、離してしまったのか。
「………ぎん、さん」
「ん?」
「銀さん………ごめんなさい………ごめんなさい……!!」
「………新八…?」
謝罪の言葉を口にしたって許されるわけがない事は承知の上だ。
それ以前に、目の前の銀時には何があったのかすらサッパリ分からないだろう。
けれども口をついて出た言葉は止まる事を知らず、ただ新八は謝り続ける。
堪らなくなって銀時が腕に抱くと、そこで新八は大声を上げて泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どちらかと言えばよく泣く子供だと思っていたが、こんな風に泣く姿を見たのは
初めてかもしれない。
声を殺して泣いたり、ほろりと涙が頬を伝うことはあっても、声を上げて
叫ぶように泣く新八は見たことが無かった。
人気の無い場所に連れて来て良かったな、と銀時はそう思う。
さっきまで居た往来でこれをやられると恥ずかしさで死にそうだ。
「………新八、もう泣くなって」
「ごめん、なさい……、………置いていくつもりなんて……無かったのに……。
 僕はアンタを一人にしてしまったんだ……!!」
「………?」
言ってる事の意味が分からない。
けれど、この新八の状態を見ている限りでは、冗談の類で言っているわけでは
なさそうだ。
何かを勘違いしてるのかとも思ったが、あんな状況で何をどう間違えるというのか。
どう声をかけていいのかも分からず途方に暮れていた銀時の耳に、掠れた声で
新八の言葉が届いてきた。

 

 

「一緒に戦うって……生き抜くって………言ったんだ…!!」

 

 

ああ、それでか。
普通に考えれば何の脈絡も無い唐突な言葉だっただろうが、不思議と銀時の胸に
それはストンと収まった。
遠い昔に聞いた言葉だ。
一緒に居た時間なんて凄く短くて、もう顔なんて覚えてもいないけれど、
アレはあいつの言葉だった。
そして、今のコイツ自身の言葉だったのだ。

(ああ………嘘じゃ、無かったんだな……)

そうして突然消えた後は、こうやって泣いていたんだ。
10年後の自分の、腕の中で。
「新八……もう、いいから。
 俺はもう、全部許してっからよ、だからもう……泣くな」
ぎゅうと腕の中に閉じ込めて、嗚咽で震えそうになる喉を叱咤して銀時はそう絞り出す。
繋がった今なら分かる、新八にとってあの頃の世界は辛かったに違いないだろう。
なのに自分を置いて戻ってしまった事を、こんなにも後悔していたのだ。
何一つ信じてはいなかったのに、だけど確かに救われていたのは、自分の方だったのに。

 

 

最終的に俺はコイツを手に入れることができるんだ。

だったら、ちょっとぐらい辛くっても大丈夫だろ?

 

 

雨に打たれていた昔の自分を思い返し、そう胸の内で呟くと銀時は新八の体を
抱き締めながら、10年前の自分に向かって許しを乞うた。

 

 

 

 

 

<終幕>

 

 

 

 

 

微妙に足りてない部分は脳内補完で皆様お願い致します。(土下座)

なんだろう、こういう世界も私は好きだ。

…っていう気持ちとイキオイだけで書きました。すいません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それが夢だったのか現実だったのか。

 

知っているのは、2人だけ。