信じらないけれど、信じるしかなかった。
否定の言葉を紡ぐのはあんなに簡単なのに、ありのままを受け入れるのは
こんなにも難しい。
坂田銀時を名乗った男に、新八は自分の事を少し話した。
そして本当は10年後の江戸に住んでいる者なんです、とも言った。
案の定、信じてなんてくれなかったけれど。
だったら自分の知っている未来の銀時を全部話してやろうかなんて考えたが、
あまりにも不毛なので、それはやめた。
勘違いをしてはいけない、この場所で異質の存在なのは銀時ではなく自分なのだ。
この町の人達が避難した区域に行くかと訊ねられたので、新八は首を横に振った。
何処にいたって一緒だ、きっと自分の目には何も変わらないし、安全な所にいたって
安心なんてきっとできやしないのだろう。
できれば暫くの間、一緒に行動しても構わないだろうか。道場剣術ではあるけれども
多少なりとも剣の心得はあるので、足手纏いにはならないようにするから。そう訊ねたら
銀時は少し迷った素振りを見せたが最終的には首を縦に振ってくれた。
彼は自分が丸腰だったのを心配して、刀を一振り渡してくれた。
いつもは木刀しか持ち歩いたことがないのに、そう呟けば、お坊ちゃんなんだな、と
からかうように言われた。
もうすぐ廃刀令によって刀は奪われてしまうというのに、そんな事など知らないのだろう。
真剣を腰に差し、そして漸く踏ん切りがついた。
此処は自分の知っている場所であって、知らない場所だ。
何がどうなってこうなってしまったのかは考えたって分からないのだから、それはひとまず
置いておく事にして、とにかく今は生き抜く事を考えよう。
すらりと鞘から刀を抜くと、鈍く光る刃に新八はそう誓った。
それから、数日が過ぎた。
あちこちから情報を得て、漸く新八にも現在の背景が理解できてきた。
今の銀時が属している攘夷志士の一団は、どうやら天人相手ではなく幕府相手に戦いを
挑んでいるようだ。
もちろん幕府が迎合してしまったこともあり、あちら側には江戸の人間だけでなく
天人もついている。
何度か小競り合いのような戦が続き、今は小康状態を保っている、といったところか。
けれど周囲の雰囲気を見ていると、どうやら近々最後の戦いを挑もうとしているらしい。
たくさんの仲間が犠牲になり、戦力的にも限界がきている。
その証拠に、今この場所にいる侍達はみな一様に切迫した表情を浮かべていた。
しかし、中でも一際異彩を放っている存在なのが銀時だ。
恐らく負け戦になるのだろうというのが分かりきっているのに、飄々とした態度を
崩すこともなく、きっと普段と変わらないのだろう態度でそこにいるのだ。
それは新八の知る未来の銀時と然して変わらない。
流れに身を任せるものの、護り抜こうというスタンスだけは絶えず胸に持ち、これで
自分と歳が変わらない若い姿でなければ、普通に銀時がそこに居ると受け止めただろう。
「なァ、新八よォ」
「はい?」
「最近ちょっと思うんだよ。
もしさァ、全部お前の言う通りだったとして、お前が10年後から来た人間
だったとして、な?」
そう強く言い含む銀時に、新八は少しだけ苦笑が漏れた。
結局のところ、やっぱり銀時はその事をまだ信じてくれていないらしい。
「10年後って……どうなってんだ?」
「え……どうって?」
「だから、この江戸はどんな風になってて……俺らの戦いはどんな結末になって、
侍の行く末っつーか……まァ、そういうの、分かってるって事だろ?」
「……そういう事になりますね」
「ちょっと知りたくなっちまったんだ」
ごろりと寝そべったままで、まるで独り言のように呟く銀時も、きっとこの戦については
不安があるのだろうと新八は理解する。
圧倒的にこちらが不利であることは、所謂新参者といった扱いである新八にだって
簡単に分かることだった。
自分達には刀を振って斬る事しかできない。
刀を持った対人なら負けはしないだろうが、銃火器を持った相手ならどうだろうか。
最初に自分が襲われたような戦闘機で上空から狙われたら、どうだろうか。
勝てっこない、子供にだって分かる事だ。
「銀さん……未来はね、知るものじゃないと僕は思うんです。
今此処にいる皆で創っていくものなんだって、そう思うんですよ」
「…………。」
「だからね、例えば僕がこの先の結末を知っていたとします。
でも、それを僕は口に出しちゃいけない、そう思うんです」
「…て事は、やっぱ知ってんのか?」
「正直言うとね、この戦の結末は分かってても、銀さんがどうなるのかとか、
仲間の人達がどうなってしまうのかなんて僕は知りませんよ。
僕が銀さんと知り合ったのは、この戦が終わったもっとずっと後の事でしょ?
10年後なんだからさ」
「あー………そうか、そうだよな」
「僕に出来ることは本当に何もないんです。
最初は物凄く混乱したけど、今ならそう思えます。
ただ……銀さんと一緒に戦って、生き抜いて、皆を守って、そうする事しか
できることなんてないんですよ」
抱えた膝に目を落として、新八は口元に僅かな笑みを浮かべた。
今のこの現状が夢か現かは分からない。
けれど、例えこれが夢だったとしても、銀時が命を落とすのは許せない。
銀時が仲間を守ろうとするのと同じ気持ちで、いや、それ以上の気持ちでもって、
新八は彼を守ろうと決めていた。
「………新八」
「なんですか?」
静かに名を呼ばれて、新八は顔を上げると隣へと視線を向けた。
いつの間にか起き上がっていた銀時が、じっと自分を見つめている。
こくりと首を傾げて問うと、少し躊躇うようにした後に銀時が言い難そうにだが
口を開いた。
「あの、さ。
ええと………さ、触っても……いいか?」
「へ?」
「ああいや!!そんな変な意味じゃねーよ!?
そうじゃなくて………ちょっとだけで、いいから」
「………いいです、けど…」
戸惑ったままでそう答えると、恐る恐るといった風に銀時の手が伸びてきて
新八の頬に触れてきた。
最初は辿るように指先で、それから次は温もりを確かめるように、掌で。
「どうしたんですか、銀さん…?」
「いいなァお前、悩みなさそうでよ」
「え、何ソレいきなり喧嘩売られてんの僕!?」
「だからちげーって。
なんかこう………ホッとすんだよ」
「……よく分かんないですよ」
憮然とした顔で新八が言うと、だろうなと呟いて銀時が苦笑を浮かべる。
するりと頬に当てていた掌を引くと、両手を伸ばして抱き締めた。
「分かんねェで、いいんだよ」
「……何かズルイですよ、ソレ」
僕にも教えて下さいよという新八の言葉にくくっと喉の奥で笑うと、やーだよと答えて
銀時は抱き締める腕を強くした。
例えば新八に、この戦は負けるのだと言われたとしても、きっと自分達は戦う事を
やめたりなんてしないだろう。
他人の言葉に左右されるような事ではないからだ。
だから新八の言葉は、正しい。
けれど「未来は皆で創っていくものだ」という言葉の中に、どうしてだか、
新八自身は含まれていないような気がして、それが少しだけ辛くて。
10年後から来た、なんて言葉、信じてなんていない筈だったのに。
<次⇒030>
なんとか銀新らしくなった。(笑)
仄暗いカンジの話でいこうって決めてるんで、このまま割とシリアスに進むかと。
あと2本、ね。