俺は、こういう時につくづく至らない男だと実感するよ。
謀反を企てていた男が物言わぬ骸となって屯所に運び込まれ、埋葬される時を待ち
離れの部屋に安置していた、その傍らで近藤が言った言葉だ。
けれど、その言葉、一体何度耳にしただろう。
そう言って、幾度となく彼は自分を責め続ける。
そうやって、謀反を起こした男の責を、一身で受ける。
自分のせいにしてしまうのだ。
「………近藤さん、アンタのせいじゃありやせんぜ?
謀反を起こそうとしたこの男を庇いだてしてやる義理はねェんでさァ」
「そうじゃない、総悟。
どうして人は謀反やテロを起こそうとするか分かるか?」
「さァ、犯罪者の気持ちには疎いモンで」
「……それは、そこに立つ上の人間が、役に立たない木偶の坊だからさ。
ソイツに任せるぐらいなら、俺が……って思っちまうからさ」
「俺は、近藤さんが役に立たないゴリラだなんて思っちゃいませんぜィ?」
「ちょっと総悟、俺ゴリラなんて言ってないから!!」
「しかしまァ、前々から思ってはいやしたが、ホントに近藤さんは人が好い。
まさか謀反人を庇っちまうなんざ、思ってもみませんでした。
お人好しもココまでくりゃァいっそひとつの芸術でさァ。
だけど……そこがまた、近藤さんの美点でね、」
「…え?」
軽い足取りで近づいてくると、沖田はちょこんと近藤の隣に腰を下ろした。
伊東の顔を覆っていた白い掛布を片手で持ち上げ、ああ、やっぱり、と内心で
吐息を零す。これが近藤の良いところであり、悪いところ。
「近藤さんを殺そうとした憎いヤツだってェのに、顔を見たってもう腹も立ちゃしねェ」
あんまり庇うからですぜィ、沖田は布を元に戻しながらそうぼやく。
分かり易い性格をしていると思うのに、いざそれを語ろうとすれば奥が深すぎて
きっと誰も上手く言う事ができないだろう。
近藤の持つ美点とは、そういった類のものだ。
誰でもそういう部分は多少なりとも持っていると思うが、こうまで曝け出して歩けるのは
この男ぐらいのものではないだろうか。
「けどまァ、落ち込むのはそろそろ止めにしてもらえませんかねェ。
でないとただでさえウザいマヨラーが本格的にウザい事になりそうなんでね。
あんまりウザいと俺、本気で殺しにかかっちゃうかもしれませんぜ?」
「……お前、いつだって本気で狙ってるじゃないか。
アレほんと俺ハラハラするんだけど」
「ま、そこはそれ」
「って、サラっとソレ横に置いちゃダメだろッ!!」
しれっと言う自分に頭を抱えそうになりながらツッコミを入れる近藤を見て、
立ち直りは割と早いかもしれないと思いながら沖田は唇を笑みの形に歪めた。
「近藤さんは、自分で思ってるほどバカでも無能でも至らなくもゴリラでもありやせんぜ。
……ああ、いや、やっぱゴリラかも」
「ちょっと待てって、なんでソコだけ拾うの総悟!?」
「でもゴリラ顔も毎日毎日ずっと眺めてりゃ、愛着も湧くモンでさァ」
「フォローになってないし!!」
まったくもう、ドコで育て方間違ったんだろーか…?なんてブツブツ言い出す近藤を
尻目に、沖田は立ち上がると部屋を出ようと戸口に立つ。
「俺達だってバカじゃねェんだ。
アンタを護って、アンタについて行こうとするには、
それなりの理由ってモンがあるんです。
……そこんとこ、もうちっとぐれぇ考慮して頂けやせんかね?」
命懸けで助けたのに、その相手がずっとこんな辛気臭い顔してたんじゃ、士気にも関わるし
自分達だって面白くない。
「……そう思いやせんか、土方さん?」
すらりと襖を開いたら、そこに立っていたのはいつでも何処でも咥え煙草の副長だった。
伊東の顔を見に来たのか近藤が気になって足を運んだのかは分からないが。
「ホント、いい加減にしとかねェと副長の席、俺が奪っちまいやすぜ?
ったく………こんな言葉短時間に何度も言わせんじゃねーよコノヤロー」
あんまり言い過ぎたら、言霊が冗談を現実にしちまうぜィ?
なんて言ってやったら土方が何とも言い難い表情をしたので、ざまァみろとか
思ってしまった。
「副長なら、もっと副長らしいコトしやがれってんでェ!」
立ち尽くす土方の横をすり抜けて背中に回り、折角だからと思い切り足で
蹴り飛ばしてやった。
衝撃で何やら変な声を上げながら部屋の中に転がり込んでいった土方を見て、やっぱり
ざまァみろ、と思ってしまったわけで。
「あとは、頼んまさァ」
襖をピシャリと閉めてしまうと、また何か自分に向かって怒鳴っている土方の声を
右から左へと軽く流しながら、沖田は鼻歌混じりに離れを後にしたのだった。
<終>
沖田くんをやっとちゃんと書いたよ。
彼の中でトクベツなのは近藤さんとお姉ちゃんだけだね。