坂本という男は、新八少年にとっては未知の生物だ。
実際その事を口に出して言えば、いつも一緒にいる3人はきっと口を揃えて
「俺達にとっても未知の生物なんだよコノヤロー」と言っていただろうが、
残念ながらそれを言葉にして言えるほど、新八少年は語彙の多い子供では無かった。
なにぶん、まだ6歳なのだから勘弁してやってほしい。

 

 

 

 

 

 

「おんしゃ、何しとんじゃ?」
「あ、坂本さん」
声をかけられて、新八はこんばんは、と頭を下げた。
時間はといえば、桂は作戦会議、高杉は酒を飲み、銀時は早々と布団に潜り
寝てしまっているような頃合だ。
空には星が点々と光り、庭に面する縁側に座っていた新八はそれをぼんやりと
眺めていて、そこに厠へ行った帰りなのか坂本が通りがかった、といった所。
「子供はもう寝とらんといかん時間ぜよ?」
「…………ねれなくて、」
「そーか。じゃけんど童一人じゃあ、する事ものーて退屈じゃろ?」
「ううん、そんなことないです。
 ………姉上、どうしてるかなぁって………、星見てました」
「あー……」
新八の隣に腰を下ろして、坂本は子供と同じように星空を見上げる。
銀時と一緒にこの子供を連れ帰ってから一週間が経っていた。
もちろん家族の捜索は継続して続けてはいるが、正直難航している。
元からお尋ね者集団に近い攘夷志士の面々、大っぴらに人前に出られる
ような立場ではない。
特に幕府の警察機関に見つかりでもすれば、まず一発で捕まるだろう。
その警察機関に迷い子として預けるというのも手段のひとつではあるのだが、
どこかそれは少し気に入らなかった。
という事をぽつりと銀時に零した事があり、その時銀時は「まぁ…俺もだな」と
珍しくも意見に同意した。
なんだかんだで、自分を含め仲間達はこの子供が大層気に入っているのだ。
しかし当然だがいつまでも手元に置いておけるものでもないし、何よりこの子供が。
「……帰って、姉ちゃんに会いたいがか?」
「………うん。」
横目で見ながらそう訊ねると、新八は俯いて小さく頷いた。
何よりこの子供が、帰りたがっている。
昼間は自分達のバカ騒ぎに振り回されていてそれどころじゃないようだが、
夜になると寂しさが勝るのだろうか、坂本は何度か泣きながら姉上と呼ぶ
子供の姿を目にしていた。
「よっしゃ、じゃあちょっとついて来んか、坊主」
「え?」
何がじゃあなのかサッパリ見当がつかなくて、新八は大きな目を瞬かせる。
本当に坂本という人間は、全ての行動に脈絡がなく、しかも唐突だ。
ぼんやりしていたら待ち切れなかったか、坂本は新八の体を小脇に抱えて
ずんずんと歩き出した。
廊下を歩き、階段を昇り、また歩いて、梯子を上がって。

 

 

「わあ…!!」

 

 

放り出されたのは、屋根の上。
遮るもののない星空を目に感嘆の声を上げる新八を余所に、坂本は瓦の上に
ごろりと寝そべって、いきなり鼾なんぞかきはじめている。
何がしたくてこんな所に連れて来たのかは全く分からないが、坂本がこの状態では
降りるに降りられないので、新八は仕方なくぼんやりと空を眺めていた。
天人が地球に下りてきてから急速に江戸は発展をしてきたが、代わりに失ったものも
多かったような気がする。
たとえば、こんな星空とか。
「こんなにたくさんの星……ボク、見たことないや」
キレイだなぁ、と声に漏らしてじっと見上げてはいたのだが、じきにそれも
飽きてしまって新八は近くに寝そべる坂本を窺った。
相変わらず、すっかり寝入ってしまっている坂本は、見ているだけでは絶対に
起きやしないだろう。
斜面を作る瓦の上を恐る恐る膝立てで這いずって、新八は坂本の方へと手を伸ばした。
「坂本さん、おきてよ」
「……ん〜……」
「そろそろおりようよ、坂本さんってば」
「うっさいのー……」
「あっ」
揺さぶる手を鬱陶しそうに坂本が跳ね除ける。
その表紙にバランスを崩した新八は、ごろごろと瓦の屋根を景気良く転がった。
もちろん新八の身体が平均と比べて軽かったというのもあるが、寝惚けているのを
いいことに坂本が思い切り振り払ったという原因の方が大きいだろう。
「うわあああッ!?」
「……うをッ!?
 あ、あぶねェェッ!!何やってんだ新八ィィィ!?」
真っ逆さまに屋根から墜落しかかった新八を、寸でのところで受け止めた者がいた。
この場所で自分の事をちゃんと名前で呼ぶ人間は一人しかいない。
桂は「少年」と呼ぶし、高杉は「クソガキ」と呼ぶし、坂本は……色々だ。
「バンジージャンプなら、ちゃんと命綱つけてからやれよ新八。
 たぶんお前コレじゃ死ぬから」
「ぎ……銀さん、」
頭を下に向けた状態で、足だけを掴まれてぶら下げられた新八は、それでも見慣れた
銀髪を見つけて「ありがとう、銀さん」と苦笑を零したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメーこら起きやがれ坂本ォォォ!!!」
「ぐおッ!!
 な、何するんじゃ金時!!痛い痛い痛い!!」
「金時じゃねぇって言ってんだろ!!そろそろワザとだよなお前!!
 テメーのせいで危うく新八が死ぬとこだったじゃねェかァァァ!!」
ぐりぐりと全体重をかけて鳩尾を靴底で踏みつければ、さすがに目を覚ました坂本が
悶えながら待ったをかける。
「だ、大体、何のコトだかサッパリ…」
「ああもうイイって、オメーに理解なんて求めてねぇって。
 だからとりあえず星になっとけや、とりあえず逝っとけや」
「ぎ、銀さん銀さんやめてよ、坂本さんがしんじゃうよッ!!」
「何言ってんだ新八、今から殺そうとしてんじゃねぇか。
 心配すんな、ラクに死ねるトコ知ってっからよー」
真剣を抜いて凄んでくる銀時に、坂本はわたわたと体を起こして逃げ出そうと
屋根瓦を駆け上がる。
必死に腕を掴んで止めようとする新八を制して斬りかかろうとする銀時は、
要するに新八の事は口実にしか過ぎなくて、ただ単に一度坂本を殺っておきたい
だけなのだろう。

 

(姉上………ボク、どうしたらいいですか?)

 

どうすればいいのか分からなくて、途方に暮れた状態で新八は今だ屋根の上で
ぎゃあぎゃあ喚き合っている2人を見ながら、姉へと助けを求めたのだった。

 

 

 

 

 

 

この後、屋根での大騒ぎを聞きつけた桂が止めようとやって来たが巻き込まれ、
3人に増えた喧騒に苛立った高杉までもが徳利を投げつけに上がって来て、
最終的に4人が力尽きて倒れるまで、大乱闘は続いたのだとか。

 

 

 

結局、朝が来て他の仲間が様子を見に来てくれるまで、新八は屋根の上から
降りることはできなかった。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

坂本さんって、私にとっては未知の生物です。宇宙人。(笑)

銀さんが出てきたのは、単に目が覚めたら新八がいなかったので捜してただけ。