「どうした、少年」
拠点にしている社の庭、その隅の方でしゃがみこんでいた新八は
後ろから突然かけられた声にびくりと肩を竦ませて振り返った。
そこに立っているのは、長い髪を後ろでひとつに括った男で、確か皆は。
「あ……えと、ヅラさん?」
「ヅラじゃない、桂だ!!
誰だこの子に妙な事を吹き込んだのは!!」
カッとなってそう叫べば、少し離れた所にある木の幹からくすくすと
笑い声が聞こえてきた。
はっとして目をやれば、覗いていたのは銀時と坂本の2人。
しかも「ほら、やっぱヅラで覚えた!!」「別に間違っちょらんぜよ」なんて
ぼそぼそと小声で交し合うのが聞こえてくる辺り、確信犯だ。
「貴様らァァァァ!!」
鞘から抜いた刀を力任せにその方へぶん投げると、ぎゃー!だの危ねー!!だの
絶叫しながら、2人はその場から全速力で逃げていった。
「あ…あの、ヅラさん…?」
「だからヅラではなく桂だと言っている。
ワザとか?それはワザとなのか?」
「い……いえ、……ごめんなさい、桂さん」
ちょこんっと頭を下げて新八が丁寧にそう言ったので、それ以上は桂も何も言わずに
ただあの2人は後で必ず殺すと心に決めて、少年の方へと向き直った。
「……時に、少年。」
「新八っていいます」
「そうか、ならば少年。
君はそこで何をしている?」
「…………。」
あくまで名前を呼ばないつもりなのだろうか。
とはいえそれ以上突っ込む気にもならず、新八はくるりと桂に背を向けて
再び木の根元にしゃがみ込んだ。
パンパンと山のように盛った土を両手でかるく固めている様子を、桂は後ろから
覗き込むようにして見遣る。
「墓、か?」
「さっき……そこで、スズメが死んでたんです。
ほっておくのもかわいそうだし……でも、猫に食べられちゃうのも
もっとかわいそうだったから……」
よしできた、と言って両手についた土を叩いて掃うと、その子供は作りたての
小さな墓に向かってその手を合わせた。
その一連を見届けていた桂が、新八のすぐ隣に膝をついて。
「………ヅラさん?」
「だからヅラではなく桂だと言っているだろう、少年。
まぁ……小さくとも命は命だ。こうして立ち会ってしまった以上は
俺も付き合わせてもらおう」
「あ……ありがとう、ヅラさん!」
あくまで自分の事をそう呼ぶ子供に、もはや訂正する気にもならなくなったのか
桂はジト目で睨めつけるのみで何も言わなかった。
その後も妙にその場から離れる気になれなくて、会話もロクに無いまま
2人が其処に佇んでいると。
「やっぱりまだ此処に居たか、クソガキ」
「………おい高杉、心底ビビってるぞこの少年」
「チッ。だから嫌だっつったんだよ、俺は」
現れたのは妙に眼光の鋭い男で、初対面のアレがあったための条件反射なのか、
新八はささっと桂の後ろに隠れるように逃げてしまった。
それを桂が後ろ目で見遣ってから呆れたように正面に立つ高杉を見れば、
辟易した様子で高杉がガリガリと頭を掻く。
「銀時と坂本が、コイツを川釣りに連れてくってよ。
誘いに行ってやりてェが、お前が居て近づけねーとか言ってんだが。
………お前、何かしたのか?」
「刀を投げた。外したがな」
「なんで外すんだよ、使えねぇな」
「だったら次はお前が当てればいい」
「ククク、違いねェ」
さらっと怖いことを言い出す桂に笑いながら高杉が返すと、恐る恐る桂の後ろから
顔を出してきた新八に目を向けた。
指を入り口のある門の方へと差して。
「さっさと行け。待ち草臥れて寝ちまうぞ、アイツら」
「う、うん!
ありがとう、高杉さん!!」
ぴょこんっと頭を下げて2人の間を擦り抜けて行こうとする新八が、
ぐえっと声を上げて足を止める。
襟首を掴んで止めたのは桂だった。
「少年」
「……はい?」
「手を出せ」
「え…?」
ゲホゲホと咳き込みながら、それでも素直に差し出してきた子供の小さな掌に、
桂は懐から取り出した飴玉を3個、乗せてやった。
「食べなさい」
「え、で、でも…」
「いいからとっとけよ」
「あ……は、はい。ありがとうございます、ヅラさん」
高杉の言葉に後押しされ新八は遠慮がちに頷くと、改めて今度は少し丁寧に桂に向かって
おじぎをすると、一目散に門へ向かって駆け出した。
手に握り込んだ飴玉へ目を向け、ほんの少し笑みを浮かべながら。
2人並んでその小さな背中を見送っていたが、姿が見えなくなった頃に
高杉がちらりと桂へ目を向けた。
「お前、飴なんか持ち歩いてんのか?」
「銀時の発作用だ」
「……は?」
「アイツは糖分不足になると機嫌が悪くなって暴れるからな」
「なんだそりゃ……まァいいか。
しかしお前もモノズキな奴だな、別に懐かれたいわけでもねぇのに
ガキを餌付けするなんてよ」
「そういうつもりはない……が、」
高杉の言葉に静かな笑みで返して、桂は自分の後ろにある作られたばかりの
小さな小さな墓へと視線を落とした。
「久々に、綺麗なモノを見せてもらったからな。
その礼みたいなものだ」
ふふ、と声を出して笑う桂を見て、高杉はよく分からないといった風に
首を傾げていたけれど。
<終>
なんとなく続いてみました。
折角なので皆書きたいよ!!(><)