きょときょとと戸惑ったように周囲を見回しながら自分の後ろをついて来るのは近藤だ。
今居るのは真選組の屯所内部だが、まるで初めて見るもののように見回しては、
物珍しそうに感嘆の声など上げている。
それを後ろ目で見遣りながら、土方は重いため息をついた。

(どうしてこんな事になったんだか…。)

事の起こりは正直明確ではない。
敢えて言うなれば、近藤がいつものようにお妙に会いに行き、そして戻って来なかった。
土方の立場から見ればそういう所から話は始まったわけなのだが、普段の仕事を
こなしながら近藤も捜索し、やっと見つけたと思ったら、どうしたわけか何もかもを
スポーンと忘れてしまっていた状態で。
粗方は山崎から話を聞いていたので、君は誰だという問いに動揺することも無かったが、
原因らしい原因が思い当たらず、何か知ってはいないかと万事屋を掴まえて問い質せば
銀時はどこか複雑そうな顔で、新八は心底申し訳なさそうな顔で「卵焼きを食べたから?」
と、こう答えたのだ。さっぱり意味が分からない。
もう少し詳しく聞けば、「アレは卵焼きという名の兵器だ」「ショック死しなかった
だけでもマシかな」「大体なんで甘いモン=卵焼きになるんだよ」「知りませんよ」
なんて言い合う会話を聞いて、つまるところ近藤は卵焼きという名前の兵器か何かを
口にしたために、ショックで記憶を失くしてしまったのだという事を、時間はかかったが
漸く土方にも理解できた。それで正しいかどうかは聞きそびれてしまったが。

 

まぁ、理解できたからといって何の解決にもなってはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「此処だ。アンタの部屋だよ」
局長室と書かれたプレートのついた襖の前で立ち止まり、土方は後ろから
ついて来ている筈の近藤を振り返った。
だが、そこには誰もいない。
「ってオイィィィ!!
 イキナリ何処行っちまったんだァァァァ!?」
見てなかった自分にも非はあるが、案内するからついて来いと言った筈なのに。
大慌てで来た道を戻ろうとして、すぐ隣の部屋の襖が開いていることに気が付いた。
そこに出ているプレートは副長室、つまりは自分の部屋だ。
「………近藤さん?」
ひょこりと顔を覗かせて、中に一歩踏み込んだ状態でやはりキョロキョロと
見回している近藤の背中に一声かける。
悪戯が見つかった子供のようにビクっと肩を竦ませて近藤が振り返るのに、少しだけ
苦笑が漏れた。
「何やってんだよ、アンタの部屋は隣だぜ?
 つーか此処は俺の部屋だ」
「あ、ああ……でも、どうしてか……」
土方の言葉に曖昧な言葉で返して、近藤はハッと気付いたように置かれている机の
傍へと歩み寄った。
庭に繋がる障子に背を向けるような形で、その場に座り込むと掌で机上をそっと撫ぜる。
「此処、な気がする」
「それは……」
基本的な部屋の造りが同じなので錯覚したのかと思ったが、ふと気が付いて土方は
思わず口を噤んだ。
近藤が土方の部屋に来ることは、部屋が隣同士のこともあってかそう珍しい事ではない。
もちろんその逆も然りで、なんだかんだで一緒に居る事が多かった。
その近藤は、自分の部屋に来るといつも同じ場所に座る。
まるでこの場所が己の定位置なのだとでも言うかのように。
要するにクセになっていたのだろう、それは今目の前で近藤が座っている場所だ。
「思い出したってワケでもねぇだろうに……」
「え?」
「いや…、」
何か言ったか?と見上げてくる近藤にかぶりを振って返すと、土方は部屋の中へ
足を踏み入れ、彼が座っている場所とは机を挟んで向かいに腰を下ろした。
近藤が其処に座るとき、自分は必ず此処へ座る。
こうやって座って、たくさんの時間を過ごした。
仕事の打ち合わせもしたし、のんびり酒を飲むこともあったし、くだらない話もした。
「………あぁ、」
「どうした?」
灰皿を持って来て煙草に火をつけ出した土方の行動を、じっと見つめていた近藤は
小さく吐息のような声を漏らした。
不思議に思って視線を上げると、酷く驚いたような顔をした近藤がいて。
「……なに?」
「何て言うんだろう……アンタがそこに座ると、妙に落ち着くんだ」
「落ち着く?」
「そう……なんか俺、こういうの知ってる気がする」
何処でだったっけかなァ、なんて、覚えてもいないクセに全部無くしてしまったクセに、
こんな覚束無い感覚だけを頼りに必死で思い出そうとする近藤の姿を見て、何処か少し
やるせない気分を抱えながら、土方はゆっくりと腕を持ち上げ机の上に頬杖をついた。
「ま、焦るこたァねぇさ。
 時間はあるからゆっくり思い出してくれりゃイイ」
「そ……そうか?」
土方の言葉にホッと安堵の表情を浮かべて笑う近藤の顔は、いつもと変わらない。
いっそ全く別人のようになってくれていれば。

 

(近藤さん、アンタって奴ァ………)

 

「アンタが全部思い出せてもやっぱり思い出せなくても、どっちだっていいさ。
 俺は変わらずアンタの傍にいるだけだ。それを覚えといてくれたら、それでいい」
降参だ。
思い出してくれたらそれに越したことは無いけれど、無理だったとしても、大丈夫。
どっちにしたって、近藤勲は近藤勲だ。根っこは変わってない。
今の近藤も前の近藤と変わらず大事にしていける自信がある。

 

「……ま、気長にやろうぜ、大将。」

 

面食らったような顔をしている近藤へ、土方は困ったような表情のままで
笑みを浮かべるしか無かったわけなのだが。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

結局ただ単に近藤さんラブな土方が書きたかっただけか、私は。

土方さんは、近藤さんと一緒に居る時だけ幸せになれるんだと思うよ!(逝け)