万事屋に戻り、此処で働きたいと言い出した新八という名の少年に
アレコレと話をしてやっていたら、すっかり夜も更けてしまっていた。
そんなに離れているわけではないがこんな時間に子供一人を帰すわけにも
いかないだろうと思って、とりあえず今日は泊まっていけと言うと、
あっさり分かりましたというお利口さんの返事が返ってくる。
そんなに広い所では無いがそう狭い部屋でもない、寝る人間が一人増えたところで
大した問題は無いだろうと簡単に考えて、後に致命的なミスに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

「……あのさァ、泊まれつっといてマヌケな話なんですけどォ〜…」
「はい?」
「よく考えたらよ、布団がねェや」
「え、じゃあ銀さん今までどうやって寝起きしてたんスか!?」
「いやいやいや、俺の分しかないって言ってんの」
「……ああ、」
そういう事ですか、と答える新八を置いて、銀時はしまったなぁと頭を掻いた。
ソファで寝るという手もあるにはあるが、きっと次の日は筋にクる。
ちょっとした転寝ぐらいならまだしも本格的に寝るにはやっぱり向かない。
「あのー……僕は別にソファでも構いませんけど…?」
「そりゃあお前、ソファで寝たことのない人間の発言だな。
 別に構いやしねぇけど、多分明日には腰曲がってんぜ?
 あの節々の痛みは体験した事のある人間にしか分からねェよ」
「じゃあどうするんですか。
 他に寝るトコロがないなら、………。」
「………。」
横目で見てくる目へ同じように横目で返すと、仕方が無いかと頭を掻いて
銀時はため息を零した。
関節痛なんて自分は御免だし、だからといって自分はぬくぬくと布団で寝て
子供をそういう目に合わせるというのも、なけなしの良心がチクリと痛む。
選択肢はあまり無い。
「……お前って、誰かと寝るの気になるタイプ?」
「いえ別に。子供の頃はよく父上や姉上と同じ布団で寝てましたし」
「ああそう……そういう考え方なワケね。
 ま、その方が助かるわ。そんなら話は早ぇな」
今夜は一緒でOK?と言えば、いかがわしい言い方するなよ、と脛を蹴られた。

 

 

 

 

 

 

夢うつつの中で、ゴロリと寝返りを打てば、何か温かいものが触れた。
はてコレは何だろう?とぼんやり考えて、徐々に思考が浮上してくる。
電気も消えた暗い闇の中で、その闇に混ざりとけてしまいそうな黒髪。
「……ッ、」
一瞬心臓が跳ね上がり、だがすぐにその正体を思い出してホッと肩を下ろす。
誰かと一緒に、なんてむしろ気になるのは自分の方だ。
気にしてごねればまた面倒なことになるから言わなかったが、すぐ傍に
自分以外の体温を感じるのが、あまり気の良いものじゃなくて。
すっかり安眠しているこの少年に警戒心というものは無いのかとツッコミを
入れたくなってしまったが、反して体は子供を起こさないように静かに動き、
その黒髪へと手を伸ばしていた。
自分とは違う滑らかな手触りを味わうように、ゆっくりと。
「………う、ん…」
新八が小さく呻いたので、思わずびくりと動かしていた手を止めた。
そのまま様子を見ていると、ふいにその体はごろりと寝返りを打って。
「おい、ちょ…!」
驚いて声を上げそうになったのを、何とか気力で押し留めた。
寝返りをしてこちらを向いた新八は、身を擦り寄せるように銀時の服の
裾を握り締めていた。
胸元を掴むようにして、額を押し付けるようにして。
まるで小さな子供が大人に甘えるような仕草に、また心臓が撥ねた。
だが別に目が覚めたわけでもないのだろう、すうすうと静かな寝息を感じるだけで、
どうやらうろたえまくっているのは自分だけのようだ。
「……なんだってんだよ……ったく」
小さく毒づくようにして、どうしたものかと銀時は眉を顰めた。
引き剥がせば済む話なのに、何故だかそれができないでいる。
そんな自分に気がついて、尚更ため息が零れ出た。

 

 

 

 

こんな温かさを、確かに自分は知っていた。
どこか懐かしい、誰かが傍に居るということ。
喪失の恐怖と戦った末に、結局放り投げて捨ててしまったもの。
なのに、どうしてまた、此処に在る?

 

 

 

 

思い知ったら手を伸ばすしかなかった。
手を伸ばして、強く抱き締めて、苦しかったのか新八が微かに唸ったが、
少しも緩めてやろうという気にならなかった。
もう手にはしないと、掴まないと決めた筈だったのに。
腕の中のコレは、そういうモノなのだと知ってしまった。

 

「…………ちくしょ…ッ、」

 

悲しいのか悔しいのか嬉しいのか、色んな気持ちがないまぜになって、
結局今こめかみを伝う涙の理由はどれなのか、分からなかった。
けれどまだ流せるモノがあったという真実にどことなく安堵して。

 

 

 

 

 

 

明日になったらまず布団を買いに行こう。

そう決意して、少年がくれた温かいものを抱き締めたまま、その日は眠った。

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

まぁそんなカンジなんですけどね。(何が)

対っぽく新八側の話もあるんで、それはまた後ほど。