くるくると手際よく包帯を巻いて、終わりましたよ、と告げてくる声音は普段より
やや乱暴な響き。
これは相当、怒っているような気がする。
「…………し、新ちゃん?」
「新ちゃん言うな。気持ち悪いんだよ」
「ひっでぇ〜……だーから、悪かったって言ってんだろうがよ」
「誰がいつ謝れなんて言ったんだよコノヤロー」
じゃあ一体どうすれば良いのだ。
不機嫌まっしぐらな子供の機嫌を直してやるには、どうすれば。
「……なんでしたっけ、怪我した理由」
「あ、あー…、と」
救急箱の蓋を閉じながら新八が訊ねてくるのに、頬を掻きながら少し言い難そうに
視線を宙に泳がせた。
「猫が……小せぇ仔猫がよ、木の上に登っちまって降りれなくなったみてーで。
それを助けようとしたガキがよ、その木によじ登って抱き上げたまでは
良かったんだけどなぁ、ソイツも降りれなくなっちまったみてーでさ。
そこをたまたま通りがかっちゃったワケだよ、俺は」
友達だろうか、下から見上げるしかなかった数人の子供達が一斉に銀時の方を向いたので
一体何事かと思ったものだったが。
「…で、助けに俺が木に登って」
「枝が折れた、ってトコですか。
ほんと、何のヒネリもなくてつまんないぐらいのオチですよね」
「うっせーなぁ!!イケるって思ったんだよ俺は!!
もしかして太ったのか、俺…!?」
「甘いモンばっか食べてるからでしょ」
「半強制的に取り上げてるヤツが言うんじゃねぇよ!!」
「まァね、僕としては雇い主の体調管理にも気を配っておかないと、って
思うワケなんですよ。
なのにそんな僕の気遣いなんかお構いなしで、フラっと出かけたと思ったら
こんな傷こさえて帰ってくるんだから」
「だから何べんも言ってんじゃねーか、悪かったって!
これからは怪我しねぇようにすっから、」
「できもしない事言うんじゃねェ!!」
「いっでェェェェ!!!
バカ、おま、木から落ちた時にありえねー方向に首曲がっちまったんだよ!!
ある意味急所になっちまってんだよ!!曲げんな曲げんな!!」
ぎりぎりと容赦無くヘッドロックをかましてくる新八にロープロープと叫びながら
銀時は何とかそこから逃げ出した。
「大体、俺は人助けしてきたんだよ!子供と猫助けてきたんだよ!!
それなのに何この仕打ち!!銀さん泣いちゃうよ!?」
もっと優しくしやがれ!と堂々と言い放つ銀時に、新八はまたたきを2、3度繰り返し、
それからうっすらと笑みを浮かべた。
つかつか、と銀時の傍に歩み寄って。
驚くべき早技で着流しの懐へ手を突っ込むと、奪ったのはスーパーでよく見る
お菓子の赤い箱だった。
「……で?
報酬はこのポッキーなんですか?」
ガキからお菓子巻き上げてんじゃねぇよ。
冷え冷えとした新八の声に、ぎくりと頬を引き攣らせたまま銀時は明後日の方向を向く。
まったく、とんだ子供がいたものだ。
何もかもお見通しのような眼鏡が本気で恨めしい。いっそ割ってしまいたい。
「……礼だ、つってくれたんだよ。
断るのはオメー、人道に背くだろ」
「ポッキーごときに人道もへったくれもありませんよ。
それでこんな怪我してちゃ世話ないよ」
ぺんと一発包帯の巻かれた腕を掌で叩くと、馬鹿馬鹿しいと新八は銀時に背を向けた。
しっかりお菓子の箱を持っていった辺り周到であるが。
その背中を眺めながら、壁を背に床へ座り込んだ銀時が、なァ、と声を上げる。
「なんですか?」
「それで、お前。
どうすりゃお前の機嫌は直るわけ?」
「………。」
台所の戸棚へお菓子を片付けた新八は、銀時の問いに首を傾げた。
どうすればいいのか、なんて。
「…銀さんは、」
ぽつりと言葉を吐き出しながら、新八はまた居間へと足を踏み入れる。
そのまま真っ直ぐ銀時の元まで歩いて、不貞腐れたように座り込んでいる男の
真正面にしゃがみ込んだ。
じ、と下から見上げるように目を向けて。
「二度と怪我しない、なんて約束、できるんですか?しちゃうんですか?
そんな約束守られやしないなんて事は、僕にだってよーっく分かりますよ。
できもしない事なんて言って欲しくないんです」
「……だったら、」
「僕としては、」
拗ねたような銀時の言葉に被せるようにして、新八が続ける。
思わず口を閉じて目を向けた銀時に、一本だけ抜いてきたのだろうポッキーを
新八はその口元に差し向けた。
「一緒に連れてってくれると、有り難いんですけどねぇ。」
勝手に出かけて勝手に傷だらけになって帰って来る男の手当てをするなんて
もう真っ平だ。
それが仕事であるかないかは関係ない。
傷だらけになって、血塗れになって、自分の知らないところで痛い目にあって、
それを手当てする自分がいつも泣きたい気持ちになってることなんて、銀時は
きっと知らないだろう。
一緒にいれば、刀で斬られそうになったら助太刀に入ってやれるだろうし、
木から落ちて首を捻ったのなら、指差して馬鹿ですねと笑ってやれるのに。
大丈夫ですかって、手を差し伸べてやれるのに。
「約束できるならコレ、食べてもイイですよ?」
ほらほら、と目の前でポッキーが揺れるのを、銀時はぼんやりと視線で追っていた。
なんとなく分かってしまったのだ。
これは、きっと保険だ。
約束をしてほしいと願う反面、万が一破られたってこれが誤魔化してくれる。
甘いものにつられて約束しただけなんだ、本気じゃなかったんだ、と。
「………新八よォ」
「はい?」
「お前こそ、覚悟もねぇのに言うんじゃねーよ」
「……え?」
「なんだコレ、こんなモンがねぇと俺が約束しねぇとでも思ってんの?
それとも何か?コレで俺が釣れるとでも思ってんのか?」
「銀…さん…」
そう言えば、酷く驚いたような目が自分を見た。
もしかしなくても、これは無自覚の自己防衛だったのかもしれない。
新八自身ですら気付いていなかったような。
「そんな事でお前の機嫌が直るなら、お安い御用だっつーの」
「……うわッ!」
目の前で揺れるチョコがコーティングされた菓子に噛み付き、ついでに新八の
肩を引き寄せて腕の中に抱き止めた。
サクサクとポッキーを噛み砕きながら、変なところで控えめな少年の小さな背中に
腕を回してぎゅっと力を篭める。
「心配すんな、約束は守るぜ」
だからもう一本ポッキーちょうだい、そう言えば調子に乗るなと新八に殴られた。
<終>
まだまだ発展途上。ってかうちの新八って性格キツイのもしかして…!?