「大丈夫かい、近藤さん」
「……なにが?」
「左肩」
煙草の煙を燻らせながら、トン、と指でその箇所を示す。
その指先を辿って己の肩に視線を向けて、ああ、だからだったのか、と
妙に納得した。
普段の彼には似つかわしくない気遣うような視線が、ほんの少しだけ
くすぐったい。
静けさの戻った屯所の庭に面する縁側で、何をするでもなくただのんびりと座っていた。
攘夷の連中も一斉検挙が大きく新聞に載ったので、暫くは大人しくしているだろう。
もちろんあの蝦蟇もしょっぴかれたし、面倒事はとりあえず片が付いたと言っていい。
「まったく、誰彼構わず手を伸ばそうとするから、そんな目に合うんだ」
「ははは、違いねェ」
呆れた目で言う土方に苦笑で返すと、だけどなァ、と決まり悪そうに近藤は頭を掻く。
「命狙われてる奴を目の前にして、放っておくなんてできんよ、俺は」
「………ま、いいけど。
済んじまった事だし、何言っても今更だしな」
それに、この男がそういう人間だってことも、嫌というほど思い知っている。
だからこそ自分は、そして仲間達は惹かれ集まったのだから。
「すまんな、トシ」
「だーから今更だってェの。
ま、せいぜい死なねぇ程度にしといてくれや」
短くなった煙草を地面に落とし、靴底で揉み消しながら土方はうん、と大きく
腕を伸ばして伸びをした。
と、ふいにポトリと上から降ってきたものに、自然と視線はそこを向く。
ころりと転がる白い羽根を訝しげに拾い上げて土方がなんだァ?と呟いていると。
「すんませーん!
こっちに羽根飛んで来ませんでしたかァ!?」
「…………山崎ィ〜………」
続いてぱたぱたと近づいてきた足音に、土方の頬がぴくりと引き攣った。
「おめー、またミントンやってやがったか…。
つーかよ、今日の巡回当番はテメェだったハズだよなァ…?」
「ヒィッ!?
ふ、副長……ッ!?」
「巡回サボって何やってやがんだテメェェェェェ!!」
「ギャーーーーー!!
すんまっせーーーーん!!!」
「すんませんで済むか、今ココで叩ッ斬ってやるから
ソコに直りやがれェェェェ!!!」
殺気の塊になって抜刀した土方を見て、悲鳴を上げながら山崎は脱兎の如く
逃げ出す。
だがそれを許す筈も無く、追いかけようとした土方が途中でピタリと足を止めた。
止めるべきかそっとしておくべきか、事の成り行きを眺めたまま眉を顰めていた
近藤が、土方の視線に気付いてふと顔を上げる。
「どうした?」
「……アンタ、分かってねェみてーだから言っとくが、」
「ん?」
つかつかと大股で歩み寄ってきて、何事かと思ったら突然胸倉を掴まれた。
吃驚した様子を隠しもせずに目を丸くして、それでも近藤の目は真っ直ぐに
土方を見る。
いつだってそうだ、真っ直ぐ、逸らされる事はなく。
だけどそれは、相手だって同じこと。
「次同じ事があったら、今度は迷わず斬るぜ」
幕府も、将軍も、官僚も、本当は全部どうだっていいのだ。
欲しいのは地位でも名誉でもなく、居場所だ。
フラリフラリと彷徨っていた自分達が漸く見つけた場所なのだから。
「俺達が一番大事にしてるモンは、アンタが護りたいモンじゃなくて、
近藤さん、アンタ自身なんだからな。
アンタがいなきゃ話になりゃしねェんだ。
だから、アンタの命を、俺らの居場所を、脅かすようなことがあったら、
俺は……いや俺だけじゃねぇ、全員迷わず刀を抜く。
だからアンタはもっと自分の命を大事にした方がいいな」
分かったかコノヤロー。
そう吐き捨てるように呟いて手を離すと、山崎を殴りに行くついでに巡回も
してくると告げて、ひらひらと片手を振りながら歩いて行った。
その後姿を呆然と見送っていた近藤が、土方の姿が見えなくなった頃に
耐え切れなかったか、プッと小さく吹き出した。
くつくつと喉の奥で笑っていた声音は次第に大きくなり、最後には縁側を
転げ回っての大爆笑に発展する。
一頻り笑い転がった後、ピタリとそれは止まって近藤は屋根の向こうに見える空を
目を細めて眺めた。
頬は緩んで口元は綻んで、非常にだらしない格好ではあったけれど。
「…………知ってるよ、そんな事ァな」
だからこんなにも、愛しい。
<終>
土方×近藤ってマジで難しい…。(滝汗)