自分を呼んだその声は、僅かな期待が篭められていて。

 

 

けれども少し、寂しげだった。

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

ざくざくと土の掘り返す音だけが闇夜に響く。
手を動かしている間、二人とも無言だった。
何かを話せる雰囲気で無い、というよりも、どちらかといえば
焦燥感だったのかもしれない。
早く見つけてやりたいという、あったのはお互いそんな気持ちだけだった。

 

 

「……あ、」

30分程掘り続けただろうか、土の感触とは別の手応えがあって近藤は思わず
その手を止めた。
ちらりと土方の方を窺い見れば彼も同じように考えたようで、ひとつ頷くと
手にしていたスコップを放り出して周りの土を掻き出し始める。
「コレ……骨?」
黒い土の中から現れた白いものを指先で摘み出すようにすると、それは一本の
長細い白骨。
「けど……コレだけじゃ何も分かんねぇな」
「もうちっと捜してみるか」
「了解」
お互いに顔を見合わせ頷き合うと、その周辺をスコップで探りながら混ぜ返す。
次々と見つけては手で拾い上げ穴の外にそっと置く。
それをいくらか繰り返した頃、漸くソレは現れてくれた。
さっきまでの細長い骨とは違い、少し大ぶりのそれを丁寧に土を払って
土方が持ち上げる。
「頭蓋骨、発見だ」
「小せぇなー……けどコレ、形がちょっと……」
「人間じゃねぇな。
 どっちかっていうと獣の…、」
ぽつりと呟くように土方が呟いて、何かに気付いたように勢いよく顔を上げる。
どうやら近藤も同じように考えたらしく、驚いたような表情を見せていた。
「そういえば……いた!いたよ、トシ!!」
「よく考えたら……アイツ、最初からいたぜ。
 ずっとガキ共と駈けずり回ってた」
子供達と一緒になって、鞠で遊んでもいたし、ソレが総悟の手によってどこかに
やってしまった時も一緒になって悲しんでいた。
「そうかぁ………あの犬か……」
「アレは全部、コイツが見せたものだったのか…?」
「……そうかもしれねぇな。
 少なくとも、楽しそうに遊んでるトコロしか見なかったんだろう?
 コイツにとっては……それが全てだったのかもなぁ…」
「じゃあ、なんで俺らにそんなモンを……」
「寂しかったんじゃないか?」
子供達より先に逝ってしまった飼い犬は、この木の根元に埋葬された。
そこでいつまでも家族を見守っていようと思っていたのに、彼らは。
「犬や猫や小鳥だって、可愛がられて一緒に過ごせば情が生まれるもんさ。
 飼い主の方にだけじゃなくて、飼われている方にもな」
「……そういうモンかよ」
「そういうのって、お互い様じゃねぇ?
 俺はトシや総悟に出会って、お前らに対しての情はたんまりあるけどよ、
 もしかしてトシは俺に対してそうじゃねーのか?」
「え、あ、いや、そりゃ…………その、」
突然話を振られて、土方が困ったように声を上げる。
それに思わず笑いを零して、近藤は「まぁそれはともかく、」と続けた。
「コイツは、家族と一緒にしてやろう」
「一緒にって……飼い主の奴らが何処に埋葬されてるかなんて……」
「調べといた」
「………な、」
ニヤリと悪戯小僧のような笑みを見せる近藤に、今度こそ土方が言葉を失う。
一体この近藤という男は、どこまでを見越して動いているのだろうか、と。
「昼間の内にな、総悟とザキに頼んで調べてきてもらった。
 っても、とっつァんに訊いたら一発で分かる事だからそう苦労も無かったみてーで」
手についた土を払い落とし、近藤が懐から一枚の紙切れを取り出す。
そう遠くない寺に、彼らの墓は存在している。
あとは、この犬の亡骸をなるべく沢山見つけて拾って、そこに届けるだけだ。
「もう、一人ぼっちで記憶の中の家族と遊んで貰わなくても良い。
 これであの世で目一杯遊べるだろうよ」
「近藤さん……」
「穴掘る前には、調べはついてたけどそれでも心配でさァ、
 これで人骨とか本当に出て来たらどうしようってさ。
 三人目の可能性も捨てきれなかったしな?」
一通り穴の中を探って、出てきた骨を集めると二人は元のように土を入れ直した。
土方が部屋の中から風呂敷を持って来て、集めた骨をひとつに纏める。
「……明日、」
「ん?」
「明日、その墓に連れてってくれよ、近藤さん」
「そうだな、一緒に行くか」
汚れた手で鼻頭を掻きながら近藤が答える。
土がそこに移って非常に間抜けた面構えになり、見ていた土方が思わず小さく吹き出す。
くつくつと声を殺すようにして顔を背けて笑う土方に、近藤が訝しげに眉を寄せた。
「ちょっとトシ、何笑ってんだよ」
「ああ……いや悪ィ悪ィ、ただちょっと……ははっ」
まだ収まらない笑いをそのままにしながら、土方は己の手を服で拭って汚れを取ってから、
近藤の顔へと伸ばした。
「いや、えらくオトコマエの面になってたからさ」
「へ?」
「確かに、近藤さんの言う通りだ。
 大事にして、大事にされて…………情が無い筈がねーんだ」
「なに、どういうこと?」
「………こっちの話」
鼻についた土を払ってやりながら、首を傾げる近藤を見て土方が静かに笑った。

 

 

  わん。

 

 

犬の吠える声が聞こえて、近藤と土方は声のした方へと目を向けた。
そこに佇んでいたのは、何度も出てきて見知った犬だ。
じっと何かを訴えるかのように目を向けてきた犬は、じきに何かを探すかのように
辺りをウロウロし始めた。
「近藤さん……俺、夢でも見てんのかな」
「馬鹿言え、俺にだってしっかりばっちり見えてるよ……けど、」
「ああ、俺らまだ寝てねーよな。
 それとも頭が寝てんのか?」
ごしごしと何度も目を擦ってみるが、その犬が姿を消すことはない。
ひとしきり庭をうろついていた犬はじきに歩みを止めると、途方に暮れたように
くぅんと一声鳴き声を漏らす。
「何を探してんだろ……あのガキ共か?」
「や、でも、あの子供達がいない事は、もう理解してるだろう」
「じゃあ何を………もしかして、あの鞠か?」
薄い桃色の可愛らしい鞠。
いつも子供達とこの犬はそれで遊んでいた。
もしかしたら、それを探しているのかもしれない。

「こっちにおいで」

近藤が膝をついて犬へと声をかけると、ぴくりと耳を動かした犬はゆっくりと
慎重に歩みを進めてきた。
まだ警戒しているのか、近藤から少し間を取ったところで足を止め、その犬は
じっとこちらを見つめている。
傍にあった風呂敷で包んだものを手に取って、近藤は言い聞かせるように告げる。
「お前の足枷はもう取り除いた。
 もう、お前は何処にだって行けるんだ、分かるだろう?」
こくりと首を傾けて、犬は尻尾をパタリと一振りする。
理解しているかどうかは人の目で見て分からないが、じっとしているところを見ると、
聞いてはいるのだろうと思えた。
「明日、お前の家族に合わせてやるよ。
 けど……失くしたモノは見つけて持ってかねぇとな。
 鞠はこの塀の向こうに飛んで行っちまったんだ。
 俺も捜してみたけど、どうにも見つかりそうにねぇ。
 けど、お前さんのその鼻ならきっと見つけられんだろう?」
分かるように近藤が塀の方を指で差すと、犬はその方向へと首を巡らせる。
そしてまた近藤の方を見ると、何かをじっと待つように落ち着く。
だが、本当は今にも走り出したいのだろう、前足はしきりに地面を掻いていた。

「よし、行っておいで」

近藤が笑ってそう言えば、犬は元気良く一声吠えると一目散に駆け出す。
庭を真っ直ぐ駆けて行き、角を左に曲がって見えなくなった。
「……律儀に門から出てく気だよ、アレ」
「こう、ひょいっと塀を飛び越えたりできねぇモンなのかよ」
「もしかしたら本人はまだ生きてるつもりなのかもしれねーな。
 しかし、よく躾られた犬だよ、大したもんだ」
呆れたような土方の言葉に苦笑を零しながら近藤は立ち上がった。
「これで一件落着、だな」
「……近藤さん、」
「ん?」
名を呼ぶと近藤が振り返って、なんだ?と笑顔で問い返してくる。
何も分かっていないような顔をして、当たり前のような気持ちと行動で、いつも彼は
周りを救ってきた。
それは結果論なのかもしれないけれど、少なくとも彼のおかげで救われたのだ。
あの寂しかった犬も、そして自分も。
「近藤さんの言ってること、なんとなくだけど分かった気がする。
 俺がどっかでもし、一人で野垂れ死ぬような事があったら……どんな手を使っても
 大事な人のところに帰りたいと思うだろうよ。
 ……それが、情なんだろう?」
「トシ……」
「侍として、刀差して人を斬って生きていく限り、病床で家族に看取られて…なんて
 死に様ができるとは思えねぇ。
 きっと、死ぬ時は一人なんだろうなと……そう思う。
 俺は別にそれでも構わねぇ、だけどその後は、絶対にアンタの元に帰って来るよ」
「…………。」
土方の言葉を聞いて、近藤が少し考えるように顔を俯かせる。
ややあってから顔を上げた近藤の表情は、少し照れ臭そうでいて。

 

 

「じゃあ、俺もそうしようかな」

 

 

ぽつりと告げたその言葉の意味を考えて、土方が困ったような笑みを浮かべる。
「できんのかよ、アンタ大事なモン沢山ありそうじゃねーか」
「もちろん一杯あるさ!
 総悟のトコロにもザキのトコロにも原田のトコロにも行きてーよ?
 けど……どれかひとつなんて決めらんねーからさ。
 大事なモンをハシゴして、最後はトシのトコロに行くよ」
「え…」
「だからきっと、少し遅くなるかもしれねーな」
「……アンタは約束を守る人だから、待てるさ」
「そうか?」
「ま、んな簡単に俺が死なせやしねーけどよ」
「同意見だな」
顔を見合わせて、くすくすと二人で笑いを零し合う。
その耳に、少し遠くからけたたましい犬の鳴き声が聞こえて、近藤と土方は顔を上げた。
塀の向こうからする鳴き声に、眉を顰めて見守っていると。

「あ…!!」

ぽん、と塀よりも高く暗闇を舞ったのは、桃色の鞠。
あの犬は失せ物を見つけることができたのだ。
「見つかったのか、いや良かった良かった」
「ったく……総悟のヤツが余計なことするから……」
「ははは、トシ、まぁそう言うなって。
 あとは明日だな。冷えてきたし部屋に戻ろう」
「ああ」
近藤の言葉に頷くと、二人連れ立って縁側へと歩き出す。
先にスコップを片付けてくると言った近藤に自分が持っていた分も預けると、
草履を脱いだ近藤が廊下を静かに走っていった。
自分も廊下へと上がり、部屋の障子を開けながら廊下の奥へと消えていく
近藤の背中を見遣って、土方は柔らかく視線を細めた。
ひとりぼっちになった後も残った情で飼い主の姿を求めた犬の記憶には、
幸せな夢しか残っていなかった。
嫌なことも苦しいことも何も無く、ただ幸せな思い出だけが残っていた。
そういう観点で言えば、あの犬はその家族と出会えた事は幸運だっただろう。
そして、自分も。

 

 

「俺も近藤さんに出会えて……ラッキーだったよ」

 

 

くすりと小さな笑みを乗せて、土方は部屋の障子を静かに閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

 

 

最後までお付き合い下さりありがとうございました!!

あと、ラストにこんな情報を↓

 

 

 

 

 

 

松平の言っていた三人目は、まだ物心つく前に遠く養子に出されたようだった。
家族からしてみれば単なる口減らしだったのかもしれない。
けれどその子は違う土地の違う家族の元で、今も幸せに暮らしているらしい。
これは、家族の墓を守る寺の住職が知っていた。

 

知る人の少ないこの話は、近藤と土方が聞いた後日談である。

 

 

 

 

 

というワケで。

長い話になってしまいましたが、これにて了。