「う……重たッ」
布団の中で身動ぎをしようとした近藤は、ずしりとしたものが上に乗っている事に
気が付いて、薄く目を開けた。
「………あれ、トシ?」
何があったかは知らないが、自分に覆い被さるような状態で土方が転がっている。
すうすうと寝息を零しているところを見ると、安眠中のようだ。
「どんな寝相してんだ…」
自分が目覚める前に何があったかを知らない近藤は、単に寝相の悪さで土方が
こんな所にいるのだと考えたらしい。
よっこらせ、と気合いを入れて半身を起こすと、ずるりと土方の身体が膝の上に
転がっていく。
ぐい、と腕を引かれて初めて近藤は気が付いた。

(あれ………手?)

左手が土方の手に繋がったままで、ああそうか、と近藤は一人所在無さげに
頭を掻いた。
「トシ、起きれるか?」
「う…ん」
身体を揺さぶって土方を起こしてみると、低い呻き声が上がり、ややあってから
のそりと土方が身を起こした。
「近藤さん……?」
「ようトシ、おはようさん」
「ああ………目が覚めたんだ、良かった……」
「うん?」
「いや、何でもねぇ、こっちの話」
不思議そうに首を傾げる近藤を前に、土方はそう告げて首を横に振るだけだった。

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

起き上がって、普段と同じように布団を片付けてから、部屋の空気を入れ替えようと
庭に面する障子を勢いよく開いた。
目の前に広がるのは、夢で見たのと同じ世界だ。
だが、もう分かっている。
今回のこの件に対する原因が、一体どこにあったのか。
「トシ」
「近藤さん、俺…」
「なぁトシ、腹減らねェ?」
「は?」
近藤に呼ばれて縁側から室内へと振り返った土方が何かを言おうとした、その前に
まるでそれを遮るかのように、言葉が投げかけられた。
思わず訝しげなままの表情で訊ね返すと、だからさ、と近藤は重ねて言う。
「そろそろ朝メシの時間だろ」
「……俺は、」
「まだ調子悪ィか?」
「そうじゃねーけど」
そこでふと土方は思い当たった。
もしかして、昨夜に見た夢のことを近藤は覚えていないのだろうかと。
だとしたら余計な事を話しては逆に心配をかけてしまうだけかもしれない。
「おはようごぜーやす、お二方。
 朝メシできましたぜィ」
どう話したものかと思いあぐねていた所で、少し離れたところからガンガンと
鍋を叩く音と同時に総悟の呼ぶ声が聞こえて、知らず土方はホッと安堵の息を
漏らしていた。
「総悟、おはようさん」
「今日の朝メシ当番は原田さんですぜィ。
 心して食ってくだせーよ、近藤さん」
「また白飯と梅干だけじゃねぇだろうなー」
朗らかな笑い声を上げながら、近藤が土方の傍を離れ総悟の待つ方へと
向かっていく。
その背中を見送ってから、土方はチラリと庭先へと目を向けた。
「トシ、早く来いよー!」
「ああ」
近藤の呼び声を受けて、土方はそこから漸く足を動かす。
あの時夢で見た木は、今もちゃんとそこに聳えていた。

 

 

 

 

 

朝食の後、近藤に声をかけられた総悟と山崎が何やら用事を言いつけられたらしく、
連れ立って外出していった。
何をするでもなくそれをぼんやり眺めていると、ぺしりと後頭部を叩かれて
土方は我に返った。
「何ボケてんだよ、トシ。
 今日は離れの倉庫を片付けちまうからな、手伝えよ?」
振り返れば立っていたのは近藤で、雑巾を突き出すように自分の方へと差し出しながら
ニンマリと笑っている。
それを受け取って、土方は渋々と頷いた。
結局目が覚めてから今まで、一度たりとも近藤の口からあの夢での出来事が
語られてはいない。
これはやはり、彼の記憶には留まらなかったと考えた方がいいのだろう。
少し残念な気もするが、心のどこかではそれで良いのだと思う自分も居て、
何とも形容のしようがない感情を前に、土方はただ苦く笑みを零すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋根の修繕と、壁のひび割れの補修やら床板の張り直しやら、倉庫という場所
ひとつ取ってもやらなければならない事は沢山あって、あれこれと働いている内に
一日は瞬く間に過ぎていってしまった。
ここ数日は調子が良くなかったという事もあって、近藤達の気遣いもあり大人しく
していたのだが、久々に身体を動かしたような気がする。
そういえば後になって気が付いたのだが、昼過ぎに総悟と山崎は戻って来ていた。
特に興味が無かったので、何の用事で出かけていたのかまでは知らない。
皆で夕食を摂って、夜の闇が空を覆い静けさが漂う頃になってから、漸く土方は
縁側から庭へと下り立つ事ができた。

「………これ、だよな」

あの時目隠し鬼で、鬼をしていた自分を呼ぶ声は確かにあった。
けれど、そこへ向かって手を伸ばそうとしたのに、それを阻むように遮ったのが
この木だ。
もしかしたらこの木の向こうに隠れるようにいたのかもしれない。
けれど、それは違うのだという妙な確信が土方の中にはあった。
そうじゃない。確かに自分は呼ばれたのだ。
呼んだものはきっと、この下に。

 

「こらトシ、素手で掘る気かよ」

 

ペタリと木の根元の土に掌を合わせて位置を定めていた時、縁側の方から
呑気とも取れる声がした。
驚いて振り返ると、近藤が苦笑を浮かべて立っている。
その手には、スコップが2本。
「……確かソレだったよな、お前が顔面ぶつけてたのは」
「近藤さん……あんた、」
草履を履いて縁側から下りてきた近藤に呆然と声をかければ、呆れたような声。
「お前な、朝っぱらから穴掘りなんてできるわけねーだろ?
 ちょっとは空気を読みなさいって」
「つーか……あんた、覚えてた…のか?」
「ああ、目隠し鬼やったよな?
 それでお前がこの木に」
「………俺は目隠ししてたから知らねーんだよ。
 なんで俺はこれにぶち当たったんだ?」
「俺の目で見たままを言えば、お前はイキナリ見当違いの方向に突っ込んだんだがな」
「見当違い?」
「お前を呼んだ子は……あっちの方にいた」
話しながら近藤は土方の隣に立つと、持っていたスコップの1本を手渡し、
空いた手を持ち上げ指を差した。
それは今立っている場所から見て、少し離れた場所。
その周りには木など何も無い。
「だからビックリしたんだよ、お前が突然わけわかんねーところに
 突撃して顔面打ってんだもんよ」
「ああ……それでか」
間抜けな醜態を晒した自分を笑うならともかく、何処か慌てたように近藤は
自分の元へと駆けて来た。
それもそういう事情ならば納得はいく。
「絶対に捕まえられたと思ったのに、そこにあったのはコイツだったから
 俺は不思議で仕方無かったんだ。
 けど……俺が間違えたんじゃなくて、俺を呼んだものが此処にいるんだって
 考えたら、なんか納得できるんだよ」
「だから、コレ…か?」
手にしたスコップを振って近藤が言う。
土方はそれに頷いてみせたが、何も言わずとも掘るためのものを用意してくれたのだ、
きっと近藤も同じ考えに辿り着いたのだろうと思う。
「何が出て来ると思う?
 三人目だったらやだなァ……」
「そこまでは俺も知らねーよ。
 けど、きっと此処に何かがある」
「やるっきゃねぇか」
「そうだな」

 

きっと答えはこの場所にある。

 

「ありがとう、近藤さん」
「うん?」
「俺だけじゃ此処に辿り着くことは永遠になかっただろうな。
 少なくとも、俺にあのガキ共と馴れ合うつもりはさらさら無かったからさ。
 近藤さんがいてくれたから、………少し、ラクになった」
「だーから、言ってんじゃん?
 一人で抱え込んだって、ロクなことにはならねーの!
 これに懲りたら、もう俺に隠し事なんてすんじゃねぇぞ?」
「……違いねぇ」

 

 

ここ、と土方が指差した先の地面を見て近藤が頷くと、二人はそこに膝をつく。
手にしていた2本のスコップが、ざく、と音を上げて突き立った。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

 

次で最後。

さて、何が出てくるのやら。