目を開けて最初に視界に入ったのは、困惑したような近藤の顔。
2,3回瞬きを繰り返して、土方はホッと吐息を零した。
「近藤さん」
「何だよトシ、やっぱお前も遊びてぇの?」
「え…」
言われた言葉の意味が理解できずに、土方が訝しげに眉根を寄せて周囲を見回す。
ずっと座りっ放しだった縁側から離れて、自分は今庭先に立っている。
近藤の右手は少女が引いていて、そして左手は自分が掴んでいた。
「……アレ?」
「アレ?じゃねーっての。
 何ボケてんだよ、トシ」
「ああ、いや…」
何をどう言ったものかと困ったように土方が誤魔化し笑いを浮かべるが、それでも
掴んだ手だけは放す気になれなかった。
今これを放してしまっては、また遠く離されてしまうかもしれない。
つん、と着物を引っ張られて、土方は視線を下へと向ける。
少女がこちらを見上げて、にこりと笑顔を見せた。

 

「あそぼ?」

 

ね、と朗らかに笑う少女の姿に、ぞくりと悪寒だけが駆け抜ける。
けれど、自分は逃げるわけにはいかなかった。
何よりこれには、近藤の身がかかっているのだから。
「……で、俺は何をすれば良いんだ?」
仕方無さそうに土方が投げやりに言えば、子供達がやったァ!と歓声を上げた。
その隣で窺うように見てきた近藤に片手を上げて応える。
「トシ…」
「いいんだよ、コレで」
静かにそう言えば、近藤は何故だか少し悲しそうな顔をした。

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

「目隠し鬼?」
「なんだトシ、知らねーの?」
「……やったことねぇ」
何をして遊ぼうかと問うた近藤の言葉に、一頻り悩んだ末に子供達は
この遊びを口にした。
ふたつ返事で頷く近藤とは裏腹に、怪訝そうな表情を浮かべた土方にそう訊ねると、
ぶっきらぼうな返事があって、近藤が拗ねんなよと苦笑を見せる。
「おにいちゃん、この手拭いでね、鬼になった人は目を隠すんだ。
 皆が声を出すから、その声を頼りに相手を捕まえるんだよ」
土方の隣に立った少年が、何処から調達して来たのか一枚の手拭いを取り出した。
「まぁ、誰が鬼をするかは公平にジャンケンといくか!」
妙にやる気を見せている近藤に視線を向けて、土方は何度目かの溜息を吐く。
こうなったらもう、とことんまで付き合ってやるしかないだろう。

 

 

 

開いた掌を見つめて、土方は納得がいかないとでも言いたげに口元を曲げる。
周囲では鬼が決まった事に歓声を上げる子供達と、つられて吠える犬がいて、
同情したのか慰めるように近藤は土方の肩にポンと手を置いた。
「なんか……パーで負けるとムカつくのは俺だけか…?」
「まあまあ、ほらトシ、目隠ししてやるよ」
少年から手拭いを受け取った近藤が土方の後ろに回り、手を伸ばす。
強すぎないように、けれど簡単に外れたりしないように、丁寧に結ぶと
よし出来た、と言って土方の背中を押した。
目元を布で覆われてしまうだけで、やや足元は覚束無くなってしまう。
よろよろと足を踏み出した土方の肩を捕まえて、近藤はその耳元に口を寄せた。

「戻って来てくれて、ありがとな」

驚いた風に土方が振り返るが、既に手を離してしまった近藤の声は遠ざかっている。
「よっし、それじゃあ始めるか!」
「ぜったいつかまらないもんね!!」
「言いやがったな、瞬間で捕まえてやるよ、クソガキが」
「べーっだ」
元気良く声を上げた子供達に言い放つと、土方は袖を捲り上げて臨戦体制に入った。
それを見ていた近藤が、ふと口元に笑みを乗せて土方に声をかける。
「俺も捕まえてみろよ、トシ!」
「首洗って待ってやがれ」
吐き捨てるように答えた土方の言葉に、近藤は楽しそうに声を出して笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が閉ざされた世界というのは、とても不思議なものだ。
平衡感覚も距離感も全て奪われてしまう。
ちゃんと地に足をつけて歩いている筈なのに、どうにもその足元が定まらない。
一歩を踏み出す時も、地面があるのはこの位置で良いのかと、そんな風に余計なことを
考えてしまうのだ。
どっちを向いているのかはよく分からない。
頼りになるのは、周囲から聞こえてくる声と気配、それだけだ。
「トシ、こっちだ!」
右側から、すぐ近いところで近藤の声がしたので、そこに立ったまま腕を伸ばした。
だが、それは宙を掴むのみで何の感触もなく、土方は小さく舌打ちを漏らす。
恐らくすぐに身を引いたのだろう。
「お兄ちゃん、こっちだよー」
「ワン!」
少女の声と、犬の鳴き声が同時に左側からした。
そっちに身体を向けて、一歩、二歩と慎重に歩む。
ふと気が付いて、土方はそこで足を止めた。
「おい、犬も頭数に入ってんのか!?」
「馬鹿言えトシ、犬に鬼ができると思うか?」
「………そりゃそうだ」
呆れたような近藤の声が、今度は後ろから。
言われた言葉に尤もだと頷きつつ、背後を振り返るが近藤の気配はもうそこには無い。

(……面倒臭ぇ遊びだな)

声のした方で相手のいる方向は定まるが、距離感が全く分からない。
少女の声、少年の声、犬の鳴き声、そして近藤の声。
どれをアテにしたものかと、それすらも迷いの一端だ。
標的が定まらないのだ。
「おにいちゃん、こっちー!」
右後方から少女の声が聞こえてくる。
もうこうなれば、一か八かで突っ込む以外に無いだろう。
今なら自分は少女に背を向けている状態で、恐らく相手も油断しているはず。
そう考えて呼吸を整えると、土方はせーので飛び出した。

 

 ガン!!

 

「ってェェェ!!」
勢いに任せて突っ込んだ先には一本の木があったようで、土方はそれに強か顔面を
打ち付ける。
思わずしゃがみ込んで、そっと目の前の木へと手を伸ばした。
ぺたぺたと確かめるように触って、そうか、と胸の内で独りごちる。
漸く読めてきた、謎を解く鍵が。
けれどまだ確かめる事ができない、何故なら自分はまだ目隠しをしたままだからだ。
誰かを捕まえなければ、自分はこの目隠しを取る事ができない。
と、そこへ慌てたような足音が近づいてくる。
「ちょ、おい、大丈夫かトシ!
 今すっげぇ音がしたけど!?」
瞬間、土方は目一杯その声の方へと手を伸ばした。
「うわッ!?」
思わず身を引いたが、それは僅差で間に合わず片腕を取られて近藤が慌てた
声を上げる。
ぐいと引き寄せるように引っ張りながら、土方は終いだと手拭いを外した。

 

 

「つかまえた。」

 

 

にやりと不敵な笑みを浮かべて近藤を見上げるようにすると、諦めたのか近藤は
大きく肩を竦める。
「わーった、次は俺が鬼か?」
「いいや、違うね」
「え?」
「鬼は此方にいらっしゃるのさ」
わけが分からないといった表情を浮かべる近藤に、土方は片足を上げて傍の木を
軽く蹴りつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

 

漸く終わりが見えてきた…。

あと2本ぐらいで。がんばる。