帰って来てすぐ、近藤が土方の様子を見に行くと、彼は目を覚ましていたようで
布団から半身を起こしていた。
近藤の姿を見るや立ち上がろうとしたので、それを片手で制してそのまま掌を
土方の額に当てる。
あれほど高かった体温は、すっかり元に戻っていた。
「おー、下がってる下がってる。
 メシ食えそうなら持って来るぞ?」
「……いや、後でいい」
「夢は?」
「見なかった……かな?
 もしかしたら覚えてねぇだけかもしれねーけど。
 何にせよ、ちょっとスッキリした気がする」
「そうか。そいつァ何よりだ」
土方の言葉ににこりと笑うと、近藤は傍に腰を下ろす。
どう言おうか迷った末に、ゆっくりと口を開いた。

 

「さっきな、とっつぁんの所に行ってきたんだ」

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

一通りの話を終えて、近藤が土方を窺うように見遣る。
何かを考え込むようにして視線を落としていた土方は、そうか、とだけ告げた。
「関係があるかどうかは……正直分かんねぇんだけどよ」
「いや…」
「せめて、家族の写真か何かでもあれば、トシが見た夢に出て来る子供達が
 そうなのか確かめる事ができたと思うんだけどな……当たってみたけど、
 見つからなかったよ」
「………分かんねぇのは、俺にそんなモンを見せて、一体どうしたいかって
 ことなんだよな」
「ああ、それは俺も思った。
 それでな、ひとつ考えた事があるんだが、」
「え…?」
立ち上がった近藤を不思議そうに土方が見上げると、待ってろと言って近藤が
部屋を出て行く。
何やらガタゴトと隣の部屋で物音がしたと思ったら、すぐ後に近藤は一式の
寝具を抱えて戻って来た。

 

「俺も、暫くこの部屋で寝泊りするわ」

 

一瞬、土方の目が点になって、すぐさまその顔は驚きに変わる。
「な…何言い出すんだよアンタ!!」
「いや、だからさァ。
 この部屋の問題なのか、トシの問題なのか、見極めようと思ってさ。
 もし、この部屋で寝るから夢を見るのであれば、俺も此処で眠れば
 トシと同じモンが見れる筈だろ?」
「そ……そりゃそうかもしれねぇけど……」
そう上手く事が運ぶだろうか。
むしろ、そうする事で近藤が自分と同じ目に合うとしたら、それはそれで気が引ける。
「それにな、」
土方の考えている事などお見通しといった風に笑いながら、近藤は寝具を畳の上に
下ろしながら、へらりと笑顔を見せた。
「たとえお前と同じものが見れなくたって、違う部屋で姿も見えないトシのことを
 ただ心配するだけより、ずっといい」
「………。」
「ダメか?」
窺うように訊ねられては、もはや土方に否とは言えない。
それでも少しぐらいの強がりぐらいはと思い、仕方ねぇなぁとぼやけば、近藤は
有り難うな、と言ってにんまりと笑みを零したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

温かな陽だまりと、子供の笑い声だけがある庭。
そこにまた、土方は一人で座っていた。
鞠は失くなってしまったが、どうやら子供達は他のもので遊ぶことにしたようで、
前は泣いていた少女も今は笑顔を見せて、少年や犬と一緒に遊んでいる。

(……どうなってんだ?)

訝しげに眉を顰めたままで、土方はその光景を見つめた。
総悟が投げ捨てたアレは関係無かったのだろうか。
ぼんやりと縁側に座ったままで考え込んでいると、ギシ、と床板が軋んで
自分のすぐ隣に気配が現れた。
思わず振り仰ぐように見上げると、麗らかな日差しの下で見知った顔が笑っている。
「近藤さん…?」
「よう、トシ」
よいしょ、と声を出して近藤は土方の隣に腰を下ろした。
あちこちを珍しそうに見遣った後で、こくりと彼は首を傾げて。
「これが、夢か?」
「……ああ、そうだよ」
「なんか、不思議なカンジだなァ」
近藤にしてみれば、何の変哲も無い昼下がりの風景に見て取れる。
もちろん目に映る少年少女は見覚えの無い子供達だし、隣に土方が居る以外は
他の仲間達の姿はおろか気配さえ感じない。
それだけで、此処は元々自分達の居る所とは別の場所だとは分かる。
だが、風景だけは何度見ても今自分達の居る場所なのだ。
違和感は拭いきれないが、ひとつだけハッキリしている事がある。
これが【夢】であるということだ。
それはたった今、土方が肯定してくれた。
「トシは、これが怖いのか?」
「怖いっていうか………なんか、嫌なカンジだ」
「そうか」
「近藤さんは、どうだ?」
「俺?……俺は別に怖ェって事は無いけど、」
無造作に頭を掻いて、近藤はふと眦を下げる。
怖いとは思わない。けれど目の前に映るこの風景を見ていると。

 

「なんか、悲しいなァって………思うんだ。
 どうしてかな、ただ子供が遊んでるだけなのにな」

 

ぽつりと呟くように近藤が言った時、庭先でしゃがみ込んでいた2人の子供が
すっくと立ち上がった。
内緒話をするかのように顔を寄せ合って言葉を交わしたかと思うと、揃って
こちらへ向かって駆けてくる。
何となく身構えてしまった土方を余所に、子供達は笑顔で代わる代わるに
口を開いた。

 

 

「ねぇ、遊ぼう?」

「一緒に遊ぼうよ」

 

 

その言葉に乗るかのように、犬も一声高く鳴き声を上げる。
思わず言葉を失ったままで土方が隣へと視線を向けると、少し考えるように
宙を見つめた近藤は、よし、と声を出して子供達に手を差し出した。
「よっしゃ、遊ぶか!」
「ちょ、な…何言ってんだよ近藤さん!!」
「大丈夫だって、心配性だなトシは」
「いや、だって…」
「そこでちょいと遊んでやるだけだってば、何ならトシも一緒に遊んでやれよ」
「……俺は、」
「ハイハイ、子供の相手は苦手ってんだろ?知ってるさ。
 だったらそこで見てれば良いじゃん。心配要らねぇって」
子供達に手を引かれるままに庭先に下りた近藤は、土方を振り返って安心させるように
片手を振って見せた。

 

何して遊ぼうか、鬼ごっこ、缶けり、かくれんぼ。

 

立ち上がって追いかければ、ほんの数歩で追いつく距離だ。
なのに、まるでその場に縫い付けられでもしたかのように、土方はそこから一歩も
動くことができなかった。
近藤の手を引いていた少女が、くるりと土方の方へ視線を向ける。
笑みの形に孤を描いたその小さな口元が、薄く開かれて。

 

 

 バ イ バ イ 。

 

 

瞬間、襲ったのは強い眩暈。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

布団を跳ね除けて身を起こすと、そこは真っ暗闇だった。
しんと静まり返った室内に、自分が繰り返す荒い呼吸だけが響く。

(……近藤さん、が…)

ふと、隣に並べられた布団に目を遣れば、小さく寝息を零す近藤の姿があった。
途端に脳裏を過ぎる嫌な予感に、這いずるようにして土方は近藤の元へと近寄る。
「近藤さん、起きてくれ」
最初は声をかけてみるだけだったが、近藤の方に反応は無い。
寝起きは悪い方じゃないので、いつもならこれだけで目を覚ます筈なのだけれど、
不思議な事に手を伸ばして頬を軽く叩いてみても、肩を揺さぶってみても、
繰り返されるのは安定した呼吸だけで、その目が開くことは無かった。
「……まさか、」
子供達の呼びかけに、近藤は応えてしまった。
だから、目を覚まさないのではなく、覚めないのか。
近藤の意識はまだ、あの場所にあるのか。
「冗談じゃねぇ…!!」
自分がいつまでも靡かないから、連れ易い者を標的にしたのか。

 

もしこのまま、近藤が目を覚まさなかったら?

 

「俺の……俺のせいだ、アンタをこの部屋に入れちまったから……」
無造作に投げ出されたままだった近藤の手を取り、強く握り締める。
巻き込んだのは自分だ。
「近藤さん悪ィ……分かってた筈なのに、俺が………」
守りたいと思うなら、何をしても彼をこの件に近づけるべきではなかった。
例え己の身がどうなろうとも、頑として遠ざけるべきだったのに。
「どうすれば良い、近藤さん…………どうすれば俺は、アンタを、」
もう一度、あの場所へ行かなければ。
だが、一度冴えてしまった頭をもう一度眠りに誘うのは安易なことではない。
焦れば焦るほどに逆効果なのだ。
近藤の手を握り締めたまま、祈るように目を閉じる。

(………近藤さん)

ぐ、と強く手を握り返されて、驚いた土方が目を開けるよりも早く。
まるで後ろから突き飛ばされでもするかのように、意識が前のめりに崩れ落ちた。
がくりと土方の身体から力が抜けて、近藤の身体に折り重なるようにして倒れる。

 

意識は既に、その場所には無かった。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

もうちょっと…!!(汗)

程よく佳境なカンジです。