「済まねぇな、とっつぁん。
 忙しいところに押し掛けちまって」
「いいってことよ、どうせ暇だったしな」
「いや、仕事しろよアンタ」
訪れた警察庁の建物の一室、いつものようにだらしなく座る
松平の前で、近藤と沖田が二人並んで立つ。
まぁ座れと近くにあった応接用のソファを指されたので、
二人はそれに頷いて従った。
「で?俺に訊きたい事ってぇのは?」
「………単刀直入に言おう」

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

 

 

机の上にどかりと乗せてあった足でトントンと机上を軽く叩くと、
松平は僅かに眉を顰めて懐から煙草を取り出した。
火をつけて一息吸うと、心底参ったように片手で額を押さえる。
「……ああそう、やっぱ何か起こっちまったかァ」
「え?やっぱ??
 今、やっぱとかって言った!?」
「いやァ、俺も他にもっと良い所は無いかって探したんだぞ?
 探したんだが、大所帯を収容できる場所となると、そうそうあるモンじゃ
 無くてなァ。つい……」
「えええええ!?
 つい、とか言っちゃったァァァ!?」
大仰な吐息を零しながら言う松平に、慌てたように近藤が声を上げた。
新しく与えられた場所で、妙なものを土方が見ているようだということを
話した途端にこの反応なのだ、何か曰くありげな場所である事など
一目瞭然である。
「ちょ、おい、とっつぁん…?」
「こりゃもう何かあるどころの騒ぎじゃねーみてぇですねィ」
「………いやホント、俺が悪かったよ」
「そういうのが聞きたいんじゃないから!!
 あの場所……一体何があったんだ?」
「お前にも説明したよな、あそこは何年か前にはちょっと大きな商売をしている
 大店の主人が住んでいた場所だって」
「……ああ」
こくりと近藤が頷いて、だけどそれがどうしたというのかと首を捻る。
松平の話は続く。

 

 

 

 

一時は大勢の従業員を含めて沢山の人間があの屋敷で寝泊りをしていた。
あの場所の敷地の広さ、家屋の大きさはそのためである。
ところが、順調であったと思われた商売が、年月を重ねるごとに少しずつ傾き始め、
最終的には多くの負債を抱えての倒産。
主人とその妻、そして遅くに出来たのだという子供達は。

 

 

 

 

「………従業員を全員解雇した次の日だったか。
 みーんな、死んじまったのよ」
「死んじまったって………つまり、」
「一家心中、ってやつだな」
もう、何年も昔の話なのだと、そう締め括って松平は口を噤んだ。
その話が本当だとするならば、土方が見たものというのは。
「ガキが2人って言ってたから……もしかして、その子供達なのかな」
「けど、よく考えて見りゃァ、近藤さん。
 別に土方さんも祟られてるわけじゃねぇでしょう?
 ただ遊んでるガキ共見てるだけで、ソイツらが出て行け〜とかそういうの
 やってるワケでもねーみてぇですしね」
「だよなァ……じゃあ、違うのかな?」
うーん、と腕組みをして一頻り考えた近藤は、此処で答えは出まいと判断して
ソファから立ち上がった。
「取り敢えず話は分かったよ、とっつぁん。
 仕事の邪魔して悪かったな。
 あとは俺らでどうにかしてみるよ。
 総悟、帰るぞ」
「へい」
こくりと頷いて沖田も立ち上がり、二人揃って松平にぺこりと頭を下げて
出入口のドアへと歩いていく。
その後姿を無言で眺めていた松平が、手にしていた煙草を灰皿に押し付けた。

 

「………1人、足りねぇな」

 

ノブに手をかけ開けようとしていた近藤が、その言葉に振り返る。
「足りない?何が??」
「3人だ」
「………は?」
「だから、あの主人のところの子供は、3人居るって言ってんだ」
「それってどういう……こと?」
「オジサンも知らねーよ。
 ただ分かってるのは、心中事件の時には2人だった…って事か」
「え…」
訝しげに眉を顰める近藤をじろりと見遣りながら、松平は椅子の背凭れに
身体を預けながら、後は自分達で考えろとでも言うように口を噤んだ。
疑問は、いくつもある。
松平がハッキリ言い切ったのだから、子供が3人居たのだということは
間違いが無い。
けれど、心中事件の時には2人に減っている。
病か何かで早世してしまったのならば、もう少しハッキリと松平は言い切るだろう。
なのに松平は「知らない」という。
と、いうことは。
「何か……心中事件以外にも何かあったみてーだな?」
「いいや、【事件】は何もねぇ」
「だったら……事件じゃないことか、事件にならなかった、何かだ」
「そこまではオジサン分かんねーよ?管轄外だしィ」
「分かってるって。
 それに………そこがポイントのようで、けど、そうでもねぇような気がする」
ありがとう。そう笑って近藤は今度こそドアを開ける。
そこにもう一度だけ、松平が声をかけた。
「いわく付きの場所ってーのは知ってたのさ、俺もなァ。
 ………悪かったよ」
「何言ってんだ、雨露凌げる場所をくれただけでも充分だよ。
 あの時とっつぁんに会わなかったら、俺達は多分野垂れ死にだ。
 これでも感謝してんだよ、有り難うな」
言って手を振り出て行った近藤の後を追って、沖田も一度頭を下げて出る。
静かに閉じられたドアを見つめて、松平は溜息を吐きながら懐からもう一本の
煙草を取り出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

と…とっつぁんって難しい…!!(><)