気がつけば自分はまた縁側に座っていた。
ぽかぽかと肌を温める陽気、また庭先では子供達が遊んでるのかと思ったのだが、
何故だか今回は少し様子が違った。
庭で蹲るようにして少女が泣いている。
そしてその傍では少年が慰めるように頭を撫でていて、その周囲をぐるぐると
回るようにうろついている犬も、耳と尻尾が垂れどこか悲しそうだ。
「………なんで泣いてんだ」
ぽろりと土方の口から言葉が零れ出て、思わず口元を手で覆った。
この場で声が出たのは今回が初めてだったので驚いたのだ。
今まではただ黙って見つめているだけだったから。
「鞠が………失くなっちゃった………」
しゃくりあげながら答える少女は、言ってまた悲しくなったのか、わっと
声を上げて泣き出し始める。
泣いている子供は鬱陶しいというか、元来そう子供が好きな方ではなかったので、
土方はその言葉に小さく吐息を落とした。
「済まねぇな、総悟が捨てちまったもんで。
 また新しいの買ってもらえよ」
「やだもん……アレ、気に入ってたんだもん……」
投げやりに告げれば激しく首を横に振って、少女は膝を抱えて尚も泣き続ける。
途方に暮れて、土方は空へと目を向けた。

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

 

 

ひやりとしたものが額に触れた感触で、土方は重たい瞼を持ち上げる。
此処数日ですっかり見慣れた天井と、心配そうに覗き込んでくる近藤の姿が
目に入ってきた。
「………近藤さん」
「お、気がついたか……良かった。
 ったく…熱があるなら無理せず寝てろっての」
そういう近藤の声音はそれでも優しく、土方は目を閉じてふぅとひとつ息を吐いた。
「近藤さん、あの鞠………何処いったかな」
「鞠?総悟が投げちまったアレか?」
「そう」
額に乗せられた手拭いを片手で退かすと、土方は動きの鈍くなった身体を叱咤して
布団から半身を起こす。
「おい、無茶すんなって!!
 大体あの鞠が何だって言うんだ?」
「アレがねぇと……」
「ちょ、トシ!!
 分かった、分かったからちょっと落ち着け!!」
立ち上がろうとする土方を慌てたように近藤が何とか押し留めると、困ったように
頭を掻いた。
「それがなァ……流石にあのままはまずいと思って俺もあれから探したんだけど、
 何処にもねぇんだよ」
「ない…?」
「変なんだよな、外は一本道の通りで隠れちまうような場所なんてねぇのに、
 不思議と何処にも見当たらねーんだ。
 誰か拾っちまったのかなァ」
「そんな……」
愕然と言葉を漏らす土方に、近藤は不思議そうに首を傾げる。
確かに失くなったのは近藤にとっても納得いかない現象ではあるが、それ以前に
土方があの鞠にここまでの執着を見せる理由が思い当たらない。
「なぁトシ、」
「………夢を、見るんだ」
「夢…?」
声をかけようとした近藤の言葉を遮って、土方が口を開く。
思わず鸚鵡返しに尋ねると、ああ、と土方は小さく頷いた。
「どんな夢だ?」
「そこの庭で……ガキが遊んでんだ。
 ガキが2人と犬っころが………桃色の、鞠で」
「桃色の……」
言われて浮かぶのは、沖田が投げ捨ててしまったものしかない。
だが、近藤の中ではそれと土方が見る夢とがまだ上手く繋がらないでいた。
「何度も………それこそ毎日のように見るんだ。
 けど、さっき見た時は……鞠が失くなったって泣いていた」
「……夢、だろう?」
「ああそうだ、けどそれにしちゃあタイミングが良すぎる。
 しかも毎日見る理由がまず分かんねぇし、それに……」
「それに?」
「まるで……生きてるカンジがしねぇんだ」
元気良く遊んでいる姿も、泣いている時でさえ、どこか違う世界のもののようだった。
今、自分が生きているこの場所とは明らかに違う雰囲気を持っていて、けれどあの
風景は、どう考えても今居るこの場所でしかない。
「此処に……俺ら以外の何かが居るってのか?」
「そうは言わねぇ。
 けど……ああ、よく分かんねぇんだよ、俺にも………ただ、」
「トシ?」
「ただ、少し…………疲れた」
ぽつりと零して、土方の身体がぐらりと横に傾く。
倒れないように近藤が受け止めると、土方はホッとしたような息を漏らして
意識を失うように眠りについた。
「………なんか…知らねぇ間にとんでもねぇ目に合ってたんだな」
もっと早くに言ってくれれば自分にも何かできたのかもしれないが、もはや何を
言ったって今更だ。
事は既に並々ならぬ所にまで発展しているようである。
「とりあえず、今は休んどけよ」
ゆっくりと繰り返される呼吸を確かめるようにして、近藤は力を失った身体を
布団の上に寝かせようとしたのだが、何かに気付いたようにそれを止めた。
少し考えるようにして、腕の中の身体をもう一度しっかりと抱え直す。

 

「………もう暫くだけだからな?」

 

夢を見ること無く眠ることができるのなら、もう少しだけ抱えてやっても良いかなと、
そんな風に思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

音を立てないように静かに障子を閉めると、ずっと其処に居たのか柱に背中を
預けるようにして座っていた沖田が、近藤の方を見もせずに口を開いた。
「近藤さん、どうしやすか?」
「……とっつぁんの所に行こうと思う。
 前に此処に住んでたっていう、大店の主人の事を訊いてみようかと思ってさ。
 総悟、お前も来るか?」
「へい」
近藤の言葉に頷くと、沖田は静かに立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

折り返し地点は突破しました。

次はとっつぁんを出すぞー!!

ていうか、私とっつぁんって出したことないかも…。(笑)