土方が寝床としている部屋まで戻って来て、開けっ放しにしていた
室内へと入る前に、思い出したように近藤の方へと顔を向ける。
彼の部屋はもうひとつ隣なので、この先だ。
「近藤さん、」
「…なんだ?」
「いや………おやすみ」
何を言おうかと迷った末に告げられた言葉はそんなもので、自嘲気味の
吐息を零すと部屋の中に入る。
障子を閉めようとしたところで、近藤の声がした。
「…………すまんなァ、トシ」
「え…?」
何を謝るのか、不思議そうに顔を上げて土方は顔だけを外側に出す。
自分の部屋の障子を開けながら、彼は。
「俺は何ひとつ、お前の力になってやることができねぇ。
頼りなくて………ごめんなァ」
そう言ってほんの少しだけ顔をこちらに向けた、その表情はどこか泣きそうで。
「近藤さん!!それは…ッ、」
違うと言おうとする前に、近藤はおやすみと告げて部屋の中へと入ってしまった。
静かに閉められた障子の音で、世界が隔たれたことを知る。
「違う……そうじゃ、ねぇんだ……!」
ギリ、と強く歯を食い縛って絞り出した声が近藤に届きやしない事など、
とうの昔に分かっていた。
そしてそれが、己自身が招いたことであるという事も。
< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >
「此処……ですかィ?」
「ああ、間違いねぇ」
沖田の言葉に頷いて、近藤は閉められたままの障子へと目を向ける。
ハタキと雑巾を手に掃除をするのだという名目で、次の日2人は此処へ来た。
昨夜、土方が立ち尽くしていた場所だ。
「此処で……どうも、何かを見たみてぇだ。
あのトシがビビるなんて……そうは無ぇこった。
多分此処に、何かある」
「そういうのはさっさと確認するに限りますねィ」
ハタキを肩に担ぐようにしていた沖田は、近藤の言葉に頷いてすぱんと勢い良く
障子を真横へ開け放つ。
其処は何の変哲も無い、言うなれば他の部屋と同じような造りの和室だ。
ぐるりと周囲を見回して、何も居ねぇなあと近藤が鷹揚に呟くと、沖田は何かに
気付いたようにずかずかと室内へと踏み入る。
部屋の隅に転がっていたものを手にして拾い上げると、くるりと近藤を振り返った。
「近藤さん、こんなモンが落ちてやしたが?」
「……鞠?」
掌の上で沖田が無造作に弄んでいるのは、薄い桃色の鞠だ。
同じように室内へと入ってきた近藤が、沖田からそれを受け取ってまじまじと眺める。
よく見れば所々が薄汚れていて、随分と古いもののようだった。
「コレなんですかねェ、土方さんが見たってぇのは」
「それでなんであんなにビビる必要があったのかは、分かんねぇな」
こくりと首を傾げていると、ふいに2人の背後で声が上がった。
「何やってんだよ、こんな所で」
驚いて2人が声がした方へ顔を向けると、縁側から中を覗き込んでいる土方の
姿があって、なんだと2人は胸を撫で下ろした。
「驚かせんなよ、トシ」
「別にそんなつもりはねーけど」
「土方さん、」
近藤から鞠を奪い取るようにすると、沖田は土方の傍に歩み寄って、手にした
桃色の鞠をずいと突きつける。
「こんなモンを見つけたんですが……何か覚えはありやすかィ?」
「………さァ」
じっと鞠を見つめていた土方は、沖田の問いに肩を竦めてそう答えた。
それに頷くと、沖田はぽんと手の上で鞠を跳ねさせる。
「ま、今更俺らの中で鞠遊びなんてする奴ァいねぇでしょう。
こう言っちゃなんですが、コレがどういうモンであろうと俺らにとっちゃ
単なるゴミだ」
「おい、総悟…!」
制止するように近藤が声を上げるのもお構いなしで、沖田は鞠を持ち直すと
野球選手のように構えを取る。
土方はただ、黙ってみているだけだ。
「ピッチャー沖田、第一球………投げましたァァァ!!」
自分でそう言うと、大きく振りかぶった沖田は勢いに任せてそれを遠くへと
放り投げてしまった。
宙に孤を描いて空を飛んだ鞠は庭を越え、外壁の向こうへと消えていく。
「お…おいィィィ!!!
いくらゴミだからって外に投げんなよ!!
ちゃんと分別回収に出さないとダメでしょうがァァァァ!!」
「大丈夫でさァ、誰かに当たったカンジでもねぇですし。
もしかしたら誰かがリサイクルするかもしれねーでしょ?」
「そういう問題じゃないから!!
まったくもう……」
呆れたような吐息を零すと、近藤は土方を窺い見る。
どこかぼんやりと鞠の飛んでいった方向を見つめている土方は、けれど何も
言わなかった。
「他には何も無いようですねィ。
なぁんだ、つまんねえのー」
押し入れやら天袋やらを見て回ると、元々何もないその部屋は他に何処も
見る場所が無い。
つまらなそうに言った沖田は興味を失ったように、他の部屋も見てきまさァと
言って廊下を歩いていく。
「総悟、そっち行くならちゃんと足洗えよ!汚れてんだから!!」
「へーい」
その背中に近藤が声をかけると、返事と一緒にハタキを一振りして沖田は
庭へと飛び降り水場へと向かって行った。
沖田の姿を見送ってから、やれやれと困ったように肩を竦めて近藤は土方へと
向き直る。
「勝手に悪かったな、昨日お前此処で何か見たようだったから…、
一応確認しとこうと思ってさ」
「いや……」
近藤の言葉に首を振って、土方はそう答えた。
あの鞠はもう此処にはない。いや、正確にはなくなった、と言った方が良いか。
だからこれ以上、気揉みすることは何もない筈だ。
けれど何故だか気持ちはまだ落ち着かず、むしろ更に不安が増したような気すらする。
果たしてこの結末は正しかったのだろうかと。
考えれば考える程に答えは見えなくなり、土方はその場に膝をついた。
「ちょ……おい、トシ!?」
「悪ィ、近藤さん……」
同じように膝をついて近藤が覗き込むと、ふらりと土方の身体が傾ぐ。
慌てて手を伸ばして近藤が受け止め、その身体のあまりの熱さに眉根が寄った。
額に掌を当てて、思わず声を上げる。
「酷ぇ熱だ……お前、そういう事はもっと早く言え!!」
それにすら何も答えない土方に、強情にも程があるだろうと溜息を落として
近藤は土方の腕を肩に回すと支えるように立ち上がった。
<続>
この話は一体どこを向いているのだろう…。(汗)
まぁ何にせよ、土方さんは色々大変ですねぇという話。(えー)