これは、夢だ。
そう理解して見るのは何度目になるだろうか。
穏やかな陽だまりの下で遊ぶ子供達の姿。
鞠を投げては犬が走って取りに行き、そしてまた戻ってくる。
偉いぞ!と少年の方が犬の頭を撫でながらそう笑った。
少女も手を叩いてはしゃぎ、少年から鞠を受け取って遠くに投げると、
犬は元気良く一声鳴いて、また走って行った。
自分は相変わらず縁側に座り、それを眺めている。
本当は一刻も早くこの場から立ち去りたいと思うのに、何故だか身体は
縫い付けられたかのようにそこから動かないのだ。
犬が鞠を咥えて戻って来ると、少女の傍へと走り寄る。
鞠を受け取って少女は鈴の鳴るような笑い声を上げると、ふいに顔を
土方の方へと向けた。

 

「ねえ、」

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

 

 

がばり、と布団を跳ね除けるようにして土方は飛び起きる。
まだ早鐘のように打つ心臓をどうにか落ち着けながら、目を閉じて呼吸を整えた。
今まで何度も見た夢だが、話し掛けられたのは初めてだ。

(………何だってんだ)

吐き捨てるように胸の内で毒づくと、気分を変えるために布団から抜け出す。
どのみちこのままもう一度寝直す気にはなれない。
障子を開け縁側に出ると、しんと静まり返った庭先が目に入った。
ふと思う、こんな風景だっただろうかと。
まるでまだ夢の続きでも見ているような、現実味の無い世界。
けれどこれが現実なら、恐らく隣の部屋では近藤が寝ている筈だ。
五感を研ぎ澄まして自分以外の誰かの気配を読み取ろうとした、その時だった。

(……?)

耳を突いて聞こえてきたのは、鞠の跳ねる音。
「な、なんで……」
思わず身を強張らせて、土方は微かに呻いた。
聞こえる筈のない音が確かに今も己の耳は捉えている。
「……クソッ」
小さく舌打ちを漏らすと、土方は鞠の音を追って縁側を歩き出した。
ギシギシと古くなった板が音を上げるが、それよりも小さい筈の鞠の音は
それでも耳に届いてくる。
薄気味悪いを通り越して若干の恐怖すら感じていたが、それ以上にこの音の
正体を見極めたかった。
元は大きな商業を営んでいたという大店の屋敷は、使用人が沢山住み込みで
働いていたらしく、その敷地も建屋としても相当な大きさで、ここ数日を
掃除と修繕で費やしたがまだ手の回っていない場所が数多くある。
母屋は自分達の寝床として、離れもこれから集める隊士達のため、そして別棟で
建っていた倉庫は道場に改造しようと、ついこの間に近藤と打ち合わせもした。
今更どんな理由があろうと、此処を離れるわけにはいかないのだ。
ならば、心配の芽は早々に摘んでしまうに限る。
そう胸の内で決意を固めると、土方は未だ手をつけられていない一角へと
踏み込んで行った。

 

 

 

 

 

 

鞠の跳ねる音は、不思議なことに外ではなく内側から聞こえてきている
ような気がする。
室内で鞠遊びもしなくはないが、実際こんな真夜中に一体誰がそんなもので
遊ぶというのか。
ならば自分の聞き間違いかと思いたいのに、何故だか意識はそれを許さない。
まだ掃除もしていない板張りの縁側を足が汚れるのも気にせず進むと、
土方はひとつの部屋の前で足を止めた。
「……此処、か?」
息を殺して耳を澄ませる。
てん、と畳の上を鞠が跳ねるような、そんな音。
間違いないと障子に手をかけて、だが一瞬そこを開くことを躊躇う。
渦巻く不安を振り払うと。

 

「誰だ!!」

 

勢いよく障子を横に滑らせた。
中は明かりが無いので真っ暗闇、本来なら目を凝らしても様子を探るのは
困難な筈なのだが。
「……ッ、」
てん、と暗闇の室内で、跳ねる薄い桃色の鞠だけが目に鮮やかに映った。
思わず言葉を失くして立ち尽くす土方の目の前で、鞠が小さく畳の上で
跳ね続けている。
誰か居るのかと様子を窺っても目に入って来るのはそれしか無く、誰の姿も
見当たらないように思う。
「どういう……事だ…?」
てん、てん、と畳を跳ねる鞠、だが持ち主の姿はない。
けれど耳の奥の方で、きゃははと笑う幼い子供達の声が聞こえるような気すらする。
よろり、と一歩後ろに下がったところで、今度は違う声が耳に飛び込んできた。

 

「トシ?」

 

びくりと目に見えて分かるほど肩を跳ねさせて、土方はすぐ横へと顔を向ける。
そこに立っていたのは夜着姿の近藤で、不審そうに眉根を寄せてこっちを見ていた。
「こ……近藤、さん……」
「何やってんだトシ、そんな所で」
「近藤さんこそ……」
「俺は………その、」
言いかけて、近藤は困ったように口を噤んだ。
まさか土方のことが気になって、様子を見ていたんだとは言い難い。
曖昧に濁すと、近藤は一歩土方の元へと近寄った。
「まだこの辺は全然掃除してねぇだろ、汚れちまうぞ」
「……ああ、ごめん。もう戻るよ」
「トシ……」
ふぅ、とひとつ吐息を零すと、近藤は意を決したように土方を見遣った。
「なぁ、まだ……何も言ってくれねぇのか?」
「………何の話だ?」
「お前がここ最近、様子がおかしいってのはとっくに知ってる。
 トシが言い出さねぇのなら、俺も訊くまいと思ってたが……、
 何か心配事でもあるのなら言ってくれないか」
「………。
 別に、何もねぇよ」
少し逡巡する素振りを見せていた土方が、最終的にはそう答えて首を横に振った。
開け放していた障子を元のように閉め、近藤の方へと向き直る。
「心配かけてたのなら済まねぇと思う。
 けど、大丈夫だから」
「……トシ、」
近藤が手を伸ばして、土方の手首を取りぐいと持ち上げる。
もう一度だけ、訊いてみようと思った。

 

 

「こんなに震えてんのに、まだ大丈夫なんて言うのか!?」

 

 

何かに怯えているのだということは、たったこれだけで伝わるのに。
「………本当に、何でもねぇんだ、近藤さん」
掴まれた手にぐっと力を入れ握り締めると、土方は無理矢理震えを押さえ込んで
そう答えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

 

土方いじめは楽しいなぁ。(S発言)

ぼちぼち事態が動き始めるので、ここからが書いてて楽しい

トコロであります。