鞠の跳ねる音が聞こえる。
そして、子供達の可愛らしい笑い声。
そのどれもが懐かしく思えるくせに、そのどれもが自分には関係のない世界の話。
くすくすと笑いながら鞠を投げ合って遊ぶ子供、その周りを楽しそうに駆け回る
犬の姿も見て取れる。
ただ何でもないその風景を前に、どこかぞくりと背中を走る冷たい感覚。
ふと、自分がそれを縁側に座って眺めていることに気がついた。
まるで、子供達の家族かなにかにでも成ったかのようだ。身に覚えがない。
けれど。

 

 

 

 

< 一期一会 〜夢幻の住人〜 >

 

 

 

 

 

 

「ぅおーい、トシィ〜?
 朝だつってんだろ、起きろォォォ!!」

 

豪快に体を揺さぶられて、そこで土方は目を開いた。
真正面には天井を背景にして呆れた顔をした近藤が見下ろしている。
「起きたか?」
「ああ……近藤さん、おはよう」
ゆっくりと布団から身を起こして、土方は手で長い髪を掻き上げるように梳く。
今のは、夢か。
「総悟ももうとっくに起きてメシ食っちまったぞ。
 お前も早ぇトコ済ませちまえ」
「………ああ」
近藤の言葉に頷きはしたものの、食欲など全く無かった。

 

 

 

 

江戸に出てあちこちを彷徨っている時、一人の男と出会った。
松平という名のその男は、口に出しては言わないもののどうやら近藤を大層
気に入ったらしく、新しく新設する幕府とその膝元である江戸を守らせる
特別機関に、自分達を置く事にしてくれた。
そこで自分達の新たな職務が決まり、拠点として今までずっと廃墟になっていた
一件の屋敷を宛がわれる事となった。
風呂やトイレや台所など、一通りのライフラインは機能しているものの、
長年放置されていたためか至るところにボロがある。
昨日などは腐っていたのか廊下の板がいきなり割れ落ち、山崎が足を突っ込ませ
何やら騒ぎになっていた。
そんなわけで、ここ数日はずっと掃除やら修繕やらで皆バタバタと大忙しだ。

 

 

 

 

その頃から、土方は妙な夢を見続けていた。
庭で遊ぶ賑やかな子供達、そして見守る自分。
そこには他に何もない。
だが、穏やかで、決して悪いとは言えない夢だ。
なのに何故だかその夢を見て目覚めた朝は酷く気分が憂鬱で、何処か嫌なしこりが残る。
まるで何か悪いことでも起こるかのような、そんな気すらしてくるのだ。
本当はすぐにでも此処を離れたい、そういう思いも僅かにだがあって、けれどそんな事は
漸く住処が決まって喜んでいる近藤達には言えない。
「ほら、そこ座れよ。髪結ってやるから」
布団を部屋の隅に片付けて着替えると、懐から櫛を取り出した近藤が手招きするので
言われるままに近藤の前に腰を下ろした。
「今日は屋根の修理だな。一昨日雨が降っただろ?
 それで分かったんだけど、居間んトコ雨漏りするみてぇなんだ。
 真下の畳も腐ってるから取っ替えてさ。
 後で原田とザキが買いに行ってくれるって。
 そうそう、昼からはとっつぁんがテレビ持って来てくれるらしいぞ。
 新しいの買ったから要らねぇって言ってさァ。
 さっすが、高給取りは言うことが違うよなぁ〜」
ぼさぼさになっている髪に櫛を通しながら、楽しそうに近藤が語る。
それを聞きながら、土方は軽く相槌を打って瞼を下ろした。
本当に、この場所に来てこれからの道が見えた仲間達は皆楽しそうにしている。
刀を手放さずに済んで、職も決まって、イキイキと嬉しそうだ。
だからこそ。

 

 

「……じゃあ、午前中の内に屋根の方を何とかしちまわねーとな」

「おう!」

 

 

だからこそ、言えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

今回は土方さん中心に。夏はヒヤリとするような話が書きたくなります。

別に怖くもなんともない話ではあるんですけれど。

 

江戸に出たての頃は8〜10人ぐらいを希望。そこからスタートね。

原田さんは武州の頃からいたんじゃないかと確信しております。

山崎は江戸に出てから出会ったと思うんですが、今回は初期メンバーに

入れさせてもらいました。(笑)

ではでは、暫くの間お付き合い下さいませ。