< 一期一会 〜神様の橋〜 >

 

 

 

 

 

茜色もとうに過ぎ去り、闇が空を覆って数時間。
戸締まりをするかと道場の表に出た近藤が、通りの向こうから足を引き摺りながら
歩いてくる人物の姿を見止めて訝しげに眉を顰める。
夕暮れ前に此処を出た筈の総悟が、傷だらけになって戻って来たからだ。
「え…ちょ、おい総悟、こりゃ一体何事だ!?」
「近藤さん……」
慌てて駆け寄ってきた近藤を見て足を止めた総悟が、途方に暮れたように眉を下げる。
「ちょっと転んだぐらいじゃこんな怪我にはならねぇよな?
 何があったんだ総悟、喧嘩か!?」
「喧嘩………確かに喧嘩だったのかもしれねー……けど、」
がくりと力無くその場に膝をついて、総悟はそこで唇を噛み締めた。
あんな勝負に勝ったも負けたもありはしなかった。
力の差なんて歴然としていて、よく生きて帰れたものだと自分でも思ってしまう。
それがまた、情けなくて仕方が無い。
「仇を……仇を取りたかったんでさァ、近藤さん……」
「総悟…?」
「けど………勝てなかったんです。
 恐ろしく強くて……まるで歯が立たなくて………」
戻って来れたのは、帰れたというよりは帰してもらえたという言葉の方が近い。
途中で戦う事を放棄した大将に橋の向こうまで放り出されたのだ。
嘲笑うかのような笑みと、もっと強くなってから出直して来いという台詞付きで。
手の中にはまだ、あの小鳥の羽が残っている。
仇を討ちたかった。
恩だといって大将に刃向かうのは怖かったろうに、助けてくれようとしていた、
大事な仲間、そして友達だった。

 

「近藤さん………俺、もっともっと強くなりてぇんです……!!」

 

言葉にして訴えれば、堰を切ったように涙が溢れてきた。
道場に入って竹刀を振って、神童だと持て囃されて、喧嘩を吹っかけてくる
奴らを返り討ちにして、だけどそれらには何の意味もない。
本当に勝ちたい時に勝てなければ、意味が無い。
「………とりあえず、中に入んなさい、総悟。
 怪我の手当てをしよう。
 その合間で、ゆっくり話を聞かせてくれりゃイイ」
「………。」
「ミツバ殿には俺から連絡しておくよ。
 そんな顔して帰ったら、逆に心配かけちまうだろう?」
「………はい」
近藤の言葉に頷いて、総悟は服の袖で顔を拭いながら立ち上がる。
身体中のあちこちが痛むが、それよりももっと、胸の中が痛みで悲鳴を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、早朝になると総悟は道場の庭に出て小鳥達のために餌を撒いている。
以前に大怪我して戻って来た時に大体のいきさつは聞いていたので
敢えてその事を尋ねるつもりはなかった。
無意識でも捜しているのかもしれない、ほんの短い間だけれど、友達だった相手を。
もう現れる筈がないと、その証拠すら持っているというのに、総悟はそれを
やめなかった。
武州を出る、その日まで。

 

今もまだ、総悟の懐には小さな茶色の羽が残っている。

 

 

 

 

 

 

 

<終>

 

 

 

 

総悟祭第3夜・エピローグ。

最後の最後で近藤さんを出したのは良心です。
最後までお付き合い下さりありがとうございました。