< 一期一会 〜神様の橋〜 >
雀を肩に乗せたままで、総悟は森の中を歩き続けた。
日などとうに暮れ落ちてしまって、早く帰らねば姉のミツバが大層心配
してしまうだろう。
夜目の利かない雀は空を飛ぶことができず、肩の上に羽を落ち着けて、
右だの左だのと方向を指示するだけだ。
「お前も物の怪なんだったら、目ェぐらい見えてろよ」
【無茶言わないで下さいまし。
大将さま達に比べれば、私などただの無力な鳥と変わらないでし】
「……つまり、役立たずってことか」
【気にしてることをズバっと言わないで下さいまし!!】
「まぁ、おめぇには期待してねーから、道案内だけキッチリしてくれりゃ
そんでイイさ」
【ヒドイ!あんまりでございまし!!
そんなにこの小さな胸を傷つけて楽しいでございましかッ!?
貴方様はドSでございまし!!】
「んな言葉どこで覚えたんだよ、ヘンな鳥だなァ。
まぁいいや、よく言われてるし」
【ああそう……認めるんでございましね……】
「で、大将さまんトコにはまだ着かねぇのか、焼き鳥?」
【もしかしてさっきから言ってるそれ、私の名前でございましか?】
結局、総悟は同行している雀にそう名付けたようで、先程からはずっとそう
呼び続けている。
それでも突き放したりはせず黙って肩に乗せているところをみると、少しは
小鳥が気に入っているようだった。
【この先、ちょっと開けておりまし。
その奥に大将さまがいらっしゃいまし】
器用に片羽でついと前方を示すと、総悟はおうと呟いて歩く足取りを少し速めた。
どちらも何も言わないが、周囲をぐるりと囲むように感じる気配が彼等を
焦らせているのだ。
どう考えてもこれは歓迎されているようには思えない。
「ところで焼き鳥、訊こうと思ってたんだが……大将さまってのはつまり、
お前の親分みてぇなモンなんだろ?
いいのかよ、俺の方に肩入れして」
【…………。】
「おめぇもヤバイってんなら、もう離れて構わねーんだぞ?」
【……大丈夫でございまし。貴方様は私の命の恩人でございまし。
あのまま放っておかれていたら……いずれ体力の尽きた私を
他の妖が食べていたでありましよ。
どうせならば、此処で貴方様と運命を共にするのも悪くありませんでし】
「………ヘンな奴」
ぽつりと総悟が呟いたのを聞いて、雀はくすくすと小さく笑った。
大将はあまりにも自分と格が違いすぎる、このまま人間の方に味方しても
自分の末路は分かりきっていた。
けれど、一緒に居てみたくなったのだ。
共に並んでいても、何処か孤独を纏っているこの少年と。
【今はただ、貴方様を元の場所にお帰しする事だけ考えまし】
「……なんだお前、結構イイ奴なんだな」
【そんな事今更言わないで下さいまし】
たった一人で見知らぬ所を歩くのとは違う、片手に収まるほどの小ささなのに
不思議と少しの安心感が得られた。
ここから先は油断のならない場所であることは分かっている。
草木を掻き分けるようにして進むと、ぽっかりと開けた場所に、それは居た。
【………よう来たのぅ、人間の小童が】
わざわざ食われに来てくれたのかえ?と言って、耳元近くまで裂くように
口を開けて笑ったのは、自分と姿形の変わらない人の格好をした男。
夜目でも分かる白い髪に、額から伸びるのは一本の角。
にたりと細めた双眸の奥には、ぞくりと寒気がする程の殺気が潜んでいる。
自分の住む村の連中は大体にしてロクな人間がいないのだが、目の前の妖は
そのどれとも該当しなかった。
物の怪、と称するのもおこがましい、化け物。
「アンタかい、大将さまってェのは」
【如何にも】
「嫌がらせするガキみてぇに橋隠しやがって、迷惑してんだよ。
ちょいと迷い込んじまっただけなんで、帰らせてもらえねーかィ?」
【おやおや、それは、】
充分な距離を置いて話していた筈が、気がつけばすぐ耳元で聞こえた声に、
反射的に総悟が身を竦ませる。
手を伸ばせば届く至近距離で、大将が囁く。
【できぬ相談だねェ】
ピィッ、とすぐ傍で悲鳴に似た声が上がった。
ほんの一瞬の出来事に、総悟の思考がついて行かず呆然と佇む。
そのままの状態で、視線だけを己の肩に向けた。
今の今までそこにいた筈の雀がいない。
【探し物は、これかえ?】
「……ッ!」
【つまらぬな。簡単に消える命とは】
長く伸びた鋭い爪に貫かれて、くたりと力無く羽を広げた雀は
指先に弾かれてぽとりと離れた草の上に落ちていった。
「お…ッ、おい!!焼き鳥ィィィ!!!」
化け物の視線が離れたおかげか呪縛が解けたように自由を得た総悟が、
弾き飛ばされた雀の元へと駆け寄る。
そっと静かに掌の上に拾い上げると、まだ息があるのかパサリ、と微かに
雀が羽を動かした。
【だ……大丈夫、でし……】
「どう見ても大丈夫じゃねぇだろが!しっかりしろ!!」
【大丈夫……でし……絶対に……帰れまし……よ】
「おい…!!」
【橋は………一緒に……渡りたかっ……】
「ちょ……おい、……返事しろよ、おいって!!」
力を振り絞って雀は一枚の羽を抜くと、ピィ、と一声鳴いて、それきり
何度呼んでも動くことはなかった。
【ほう、最後に力を遺したか。
良かったなァ、小童よ。
それでぬしにも橋が見えようぞ】
「…………。」
【……まぁ、生きて此処から出られれば…の話だがの】
言って後ろから伸ばされた細長い手を反射的に腰から抜いた木刀で制すると、
ほう、と興味深そうに目を細めて大将が総悟を見遣った。
【やりおるわ、小童風情が】
「……さねェ」
【もう少しハッキリ物を言ったほうが良いえ】
「絶対許さねェから覚悟しやがれ……」
大将の言う通りなのであれば、羽を手に入れた時点で逃げることを考えれば
良いのだが、今の総悟にその判断力は無い。
ただただ僅かの間でも手に入れることのできた仲間を失った、その事だけが
悔しくて、そして悲しかった。
【……来るか、小童!】
「ブッ殺してやらァ、化け物がァァァ!!」
愉しそうに笑う大将に木刀を向けた総悟が、吼えた。
<続>
総悟祭第3夜。
もはや言い訳のしようもなく。(笑)
あと一本だけ。