< 一期一会 〜神様の橋〜 >

 

 

 

 

 

橋を渡り暫く走って、総悟は漸く足を止めた。
荒れた息を整えながら周囲をぐるりと見回す。
森の中に踏み込んでしまったようで、いまいち場所の把握はできないが、
追ってくる足音は綺麗に消えてしまっていた。
どうやら返り討ちにする前に、撒いてしまえたか。
「……なんでェ、久々に喧嘩できると思ったのになァ」
がりがりと頭を掻いて、仕方無いかと総悟は諦めたような吐息を零す。
やるなとは言われているが、実のところ喧嘩は好きだ。
相手を殴り倒して喧嘩に勝って、初めて前より強くなれているという
実感ができるのだ。
なんて話をしたところで、近藤からはお説教しかこないのは分かっているから
これは誰にも話したことはないけれど。
ほとぼりが冷めるのを待って帰るかと考えていたところで、総悟の耳に
か細い声が聞こえてきた。

 

【……まし……】

「ん?」

【どなたか………助けて下さいまし……】

「声……?」

 

訝しげに眉を顰めて総悟は耳を済ませる。
確かに助けてくれという声が聞こえてきた。
どうせ暫く此処に居るのだからと、総悟はその声を追う事にした。
少しずつ少しずつ、声のする方へと向かっていくと、少し開けた場所で
小鳥が一羽、地面に落ちてもがいている。
「………なんでィ、雀か」
【助けて下さいまし!!放して下さいまし!!】
「うるせェなァ………ああもう、わーった、わーったよ」
パタパタと羽ばたきを続けながら呼び続ける雀の元へ歩み寄ると、総悟はそこに
膝をついた。
罠にかかったのか、足を挟まれて身動きが取れなかったらしい。
指先で挟んでいる金具を広げてやると、足が抜けた雀は羽を広げて空へと
舞い上がった。
【ありがとうございまし!!
 貴方様は命の恩人でございまし!!】
「別にそんな大した事でもねェし………つか、なんでェお前、喋んのか?
 最近の鳥は器用だなァ……」
【貴方様は……人間でございましね?】
「………それ以外の何に見えんだ?」
【ああ……人の身で此処まで来られようとは……】
「んだよ、何かあんのかよ」
【此処は人間が足を踏み入れて良い場所では無いのでございまし。
 早く此処から出て行った方が身の為でございまし!!】
「ほォう、助けて貰った分際で随分偉そうな口叩くじゃねェか…、
 焼き鳥にして食っちまうぜィ?」
【ヒッ…!!お止め下さいまし!!食べる所なんてほんの少しでございまし!!
 そうではなく、貴方様の身の安全の為を思って…!!】
パタパタと自分の周りをぐるぐると飛び回りながら言う雀を片手で鷲掴みにすると、
総悟はうっすらと笑みを零しながら低く囁く。
びくりと身を竦ませた雀はぶんぶんと首を左右に振りながら必死で訴えた。
その話を総合すると、つまりこの場所は物の怪の類が住処とする場所で、
どうやら走っている内に総悟はそこに迷い込んでしまったらしい。
物の怪は人を食うと言われている、こんな所に居ては総悟の身も危うい、と。
そういえば、と雀の話を鷲掴みにしたまま聞きながら、総悟は昔に聞いた姉の言葉を
思い出していた。

 

 

   橋が赤く染まっている間は、決して渡ってはいけない。

 

 

言われてみれば、あの時は必死で気にも留めていなかったが、橋は赤かったように
思える。
「………どうやったら帰れるんでィ」
【助けてくれた御恩でございまし、橋の場所まで案内させて頂きまし】
「あー、そいつァ助かる」
どこをどう走ったのかも記憶にないのだ、連れて行って貰えるなら特にこんなところには
用などありはしない。
手を放してやれば雀は空へと舞い上がって、先導するように進み出したのを総悟が後を
追ってついて行く。
森の中をスイスイと飛ぶ雀を見失わないようにしながら、総悟が辿り着いた先には。

 

「橋なんかねェじゃねーか……」

 

開けた場所の目の前には、川が流れている。
だがそこには、あった筈の橋が綺麗に消えてしまっていた。
「おいこらクソ鳥、こいつァどういう事だァ…?」
【不思議でございまし、確かに此処に…】
「てめェェェ!!嘘吐いてんじゃねェだろうな!?
 マジで焼き鳥にして食うぞコラ!!」
【ヒィィ!!お止め下さいまし!!お許し下さいまし!!
 多分コレは、きっと…、もう、人間がこの地に居るということが、
 周囲に知れ渡っているということでございまし…!!】
「どういう事だ?」
【つまり、人間がこの場所に居る事を知った物の怪達が、
 通ってきた橋を隠してしまったんでし】
「……逃げられねェようにってことか……」
小さく舌打ちを零して、総悟はじろりと雀を睨めつける。
「誰がやったかは分かんのか?」
【きっと、大将さまでございまし】
「大将?」
【この地には、我々物の怪を纏める大将さまがおられまし。
 きっと、あの御方が隠してしまったんでし】
「わーった。
 じゃあ、ソイツんとこ連れてけよ」
【えええッ!?
 そんな!危険でし!!
 貴方様など頭からペロリでしッ!!】
「ああもう、ぐちゃぐちゃウルセーなァ。
 会わねぇと帰らせてもらえねーんだろうが」
手に握った小鳥をぶんぶんと振り回して黙らせると、総悟はニィっと口元に
笑みを乗せた。

 

 

「それに会ってみてぇのさ、その大将さまってヤツによォ」

 

 

 

 

 

 

 

<続>

 

 

 

 

総悟祭第2夜。

妖怪ネタでいく場合、出て来る妖怪はどうしたって
書き手のオリジナルになってしまいます。
なるべくとっつきやすい、受け入れられやすそうなモノを
考えているつもりなのではありますが。

オリキャラとかダメな人はごめんなさい。