最終話 偽りの黒

 

 

 

 

 

「また此処だったか、近藤さん」
「あら、漸く飼育員のお出ましなのね。
 とっとと連れて帰って頂戴な」
近藤行きつけのスナックで、にこりと涼やかな笑顔を浮かべつつも
相変わらず志村妙は辛辣な言葉を吐き出す。
彼女に御執心な近藤は、時間があればすぐこの店に顔を出す。
もちろん彼女にしてみれば、金を落としてくれる近藤は良い客の一人ではあったが、
とにもかくにもラブコールがあまりに熱烈すぎてウザいことこの上無い。
おまけに家にまで押しかけてくるとなれば、立派なストーカーである。
普段は閉店時間まで飲んだくれて店の前に放り出されているのが常だが、
今日はまたお迎えがあった。
しかも隊服を着込んだ副長自らのお迎えとくれば、これは何かあったのだろうかと
野次馬的な根性で周囲の人々が勘繰り始めるのはしょうがない。
実際のところは、やっぱり仕事の合間に迎えに来ただけなのであるが。
「貴方も大変ねぇ、こんなゴリラのお守り役だなんて。
 もうやめれば?」
「……余計なお世話だ。
 ホラ近藤さん、アンタまだ書類上げてねーだろうが、帰るぞ」
「イヤだいイヤだい!!俺はもっとお妙さんと一緒にいるんだい!!」
「何処の駄々ッ子だアンタは!!
 明日渡せねぇと、松平のとっつぁんに今度こそ間違い無く殺されんぞ!!」
「う…ッ、そ、それはそれで、ものすごくイヤだ…」
「それでなくてもこないだのゴタゴタで、仕事が山積みだってのに!!
 分かったら行くぞ、ホラ、しゃんと立てよ」
「うぅ……お妙さん、名残惜しいですが俺はこれで失礼します。
 明日ッ!!明日また必ず来ますからッ!!」
「来なくていいです。」
土方に襟首を掴まれ半ば引き摺られるようにしながら、何度も何度も後ろを振り返り
そう訴える近藤に、やっぱり妙はつれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人通りの少ない夜道を屯所へ向かって歩きながら、まだ近藤はブツブツと呟いている。
それを横目で眺めながら、重苦しい吐息を零したのは土方だ。

(まったく……この人の、こういうトコロだけはやっぱなァ…)

どうにかなんないものかね。
そう考えて、土方はどこか引っ掛かる感じに僅かに眉根を寄せる。
なんだかこんな事が、前にもあったような。
懐から煙草を取り出し火をつける、その姿を視界に入れて近藤が
こくりと首を傾げた。
「でさ、ホントのところトシはあの書類の件だけで来たのか?」
「……どういう意味だよ」
「いや……なんとなく、それだけじゃないような気がしてさァ。
 なんか事件があったとか」
「特にはねぇよ。
 まぁ、昼間に総悟のヤツが派手に公共施設をブッ壊してくれてな、
 始末書が一枚増えたぐらいか」
ふぅ、と煙を吐き出しながら土方が苦くそう答える。
こっちはお上から大目玉を食らうというのに、当の沖田本人はケロリとしているのだから
まったくもって憎らしいことこの上ない。
しかしやっぱり引っ掛かる。

 

 

「…………なァんだ、」

 

 

にまり、と口元に笑みを乗せて、近藤は頷く。
ぎくりと土方が表情を強張らせた。
確かに感じる既視感、もうこれは勘違いなどではない。
「こ……近藤さん……?」
「何かあったのかと思ったんだがな……いや、今日も平和で何よりだ」
「……っ、」
「さぁ帰ろう、トシ」
あの時のように近藤が刀に手をかけることはない。
笑顔を見せて、近藤は土方に背中を向けると屯所へと歩き出した。
「ぼんやりしてると置いてくぞー?」
「ちょ…、待ってくれよ近藤さん!!」
呆然と背中を見つめていた土方が我に返り、慌てて追いかける。
悪夢が去ったのだと、全てが終わったのだと、この時初めて土方は実感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もが胸の内に潜ませている、黒い獣の名は。

 

 

「イミテーション・ブラック」

 

 

 

 

 

 

 

−終−

 

 

 

 

 

 

 

最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。