夕焼けの赤と、目の前に飛んだ赤。
より強く、より赤く。
体を突き破るようにして飛び出した切っ先が、夕暮れの太陽の光を浴びて
ぬらりとした輝きを放つ。
反射的に、己の手は腰元の刀を抜いていた。
#31 贖罪の天色
ぽたり、と地面に点々と赤い染みが広がっていく。
沖田と偽近藤の間に飛び込んだ土方が刀を振るよりも僅かに早く、
相手が繰り出した突きが左肩を貫いた。
だが、痛みに顔を顰める暇もなく次に土方が取った行動は、己が手にしていた
刀を道端に放り捨てることだった。
「あー……ちくしょう、痛ぇな」
言葉とは裏腹に、土方の唇はにやりと笑みの形を象る。
空いた両手で刀を握ったままの相手の腕を掴むと、その手にありったけの
力を篭めた。
これで少なくとも、この男は逃げることができない。
「残念だったな、てめーが何考えてるのかは知らねぇが……、
そう思惑通りに運ばせてたまるかってんだ」
「………お前もか、トシ」
「あ…?」
「お前も、」
身動きが取れないのは土方も同じだ、ならばその首をへし折ってやれば良い。
目の前の男が、刀を持っていなかった方の手を土方の首へと向かって伸ばす。
だがそれが届く前に、後ろからずぶりと腕を貫く刀身があった。
「俺を忘れちゃ困りやすぜィ」
「総悟…!!」
後ろから飄々とした声が聞こえて、土方はホッと吐息を零した。
上手い具合に相手の両腕を防ぐことができた、チャンスは今しかない。
「近藤さん、今だ!!」
「トドメ刺してやりなせぇ!!」
言われなくとも、目の前で起こっていることは理解している。
取り返すなら今しかない。
刀を握り締めて、近藤は地を蹴った。
本当はもう、とっくに分かっていたんだ。
この心にある強い憎しみが、誰のものであるのか。
そして、どうしてこんな風になってしまったのか。
全てはふがいない自分が撒いた種。
それが芽を出し、こんな事になってしまった。
希望を持って入った真選組に、絶望して隊を抜けた。
彷徨った先に辿り着いたのは、真選組とは敵対する立場にある攘夷の派閥。
しかしながら己の命を奪ったのは、見限って去った筈の、真選組だった。
最後の力を振り絞って、黒い隊服の足を掴んだ先に見たのは局長の姿。
名前なんて覚えられていなくても構わなかった。
こんな所にいたのかと、辛かったなと、すまなかったと言ってもらえたら、
それだけで良かった。
いや、気付いてくれるだけで良かったのかもしれない。
それだけで満足して、穏やかな心で逝けただろう。
だが、いつも大らかな笑いを浮かべていた筈の、顔を見るだけで安心できる筈の、
彼の双眸に宿った光は、凶暴な獣。
己が内に囲って隠していた筈の獣を放してしまった、それがきっと原因だ。
だからこれは、自分に与えられた業。
彼が最後の最後まで燻らせ抱き続けた怒りや憎しみ、そしてまだ年若い青年が
これから歩む筈だった輝かしい未来。
それら全てを背負い、それでも。
「お前の痛み、苦しみ、憎しみも、全部俺が背負って行く。
だから………頼む、俺の大事なモン、返してくれな?」
同じ顔をして立っている、もう一人の自分。
その心の臓に、近藤は手にしていた刀を真っ直ぐに突き立てた。
−続−
それがどれだけ、険しく厳しい道だとしても。