#30 零れる赤
吹っ飛ばされた勢いで、近くのゴミ捨て場に頭から突っ込んでしまった。
「あいてててて……ホントに撃つか、フツー……」
ごそりとその場から身を起こして、まだくらくらしている頭を左右に振り
はっきりさせる。
その耳に刀同士のぶつかる音が聞こえてきて、我に返ったように銀時は
顔を上げた。
「あーらら、始まっちゃってるじゃねーの」
やれやれと立ち上がって服の汚れを掃いながら、銀時は周囲を見回して
己の木刀を探し出し掴む。
加勢をしてやるべきだろうか、だが。
「……必要無さそうかねぇ、こりゃ」
通りの向こうから走って来る2人を見つけ、銀時はそう呟くと肩を竦めた。
正体が分かった時に、全ての事象を理解した。
これは、自分のもうひとつの姿だ。
言わばうつし鏡のように、そこには己の全てが曝け出されていた。
一度目に会った時、姿形を持っていかれた。
二度目に会った時、腰に同じ刀を差していた。
三度目に会った時、初めてそこで剣を交えて、己の中に確かに在ったはずの
大事なものを根こそぎ奪われて。
きっと四度目、最後に奪われていたのは命そのものであっただろう。
逆に己の中に植え付けられた感情、きっとこれは相手のものだ。
真選組に対する明確な殺意。
正体を知って、その理由にも何となく見当がついた。
(きっとコレは………お互いの業ってヤツだな)
そうだ、まるでうつし鏡。
己は相手に成り代わり、相手は己に成り代わる。
お互いの業だけを見せつけるように存在し、そして最後に立つ方が、
きっとその全てを手に入れることができるのだろう。
よく考えたら、自分はもう一人の近藤を、己の敵とする相手を、
一度もその目にした事が無かった。
今、此処に来て初めて見たと言っていい。
近藤の姿をした敵は、目の前で沖田と刀を交えていた。
(…………なんだこれは……)
分かっている、違う存在だという事はもう、分かっている。
なのに目の前で繰り広げられている攻防を見て、愕然としている自分がいた。
あってはならない現実、とでも言えば良いだろうか。
絶対に見てはならない、起こしてはならないこと。
あの沖田と近藤が、命を賭けた殺し合いをしている光景なんて。
「トシ!?」
驚いたような近藤の声を、少し後ろの方で聞いた。
気が付いた時にはもう走り出していたのだ。
止めなければと、やめさせねばと、これ以上心を殺して相手に挑むようなこと、
させてはならないのだと。
そう思った瞬間にはもう敵へと向かって走り出し、手は刀の柄を握り締めていた。
相手の目が土方を捉えた時、既に土方は刀を上段に振って間合いに飛び込んでいた。
夕暮れの路地に、赤い血飛沫が舞う。
−続−
憂いを、断つ。