#29 誓いの緑
「ちょっと待てよ、近藤さん!!」
走る近藤の腕を掴んで止めたのは土方だ。
気が逸っているのか、少し煩わしそうに振り返った近藤の肩を落ち着けと言って
叩いてやると、足を止めて近藤は土方の方へと向き直った。
「トシ、のんびりしてる間はねぇぞ」
「分かってるよ。
けど、ひとつだけ……確認しておきてーんだ」
「なんだ?」
「近藤さん………アレと剣を交えて、本当に勝てんのか?」
じっと見据えて問い掛ける土方は、きっとはぐらかすことを許さないだろう。
近藤が相手に奪われたものは、想像以上に大きく、大切なものだ。
今の近藤は、自分や沖田では無論相手にもならないし、正直あの山崎にだって
勝てるかどうか怪しい。
そんな状態の近藤が実際に剣を握って相手と向かい合ったところで、勝敗など
考えなくても分かるというものだ。
「………やってみなきゃ分かんねぇさ、トシ」
「俺はそんな不確定要素を聞きてーんじゃねぇよ。
やるからには、アンタには絶対勝ってもらわなきゃなんねーんだよ」
そうでなければ、負けて殺されるのでは全く意味がないのだ。
新八や神楽にあっさり約束をしてみせたが、そして近藤のことだから、一度交わした
約束は死んだって守るのだろうけれど、それも普段の近藤なら信用できたかもしれない。
今の彼は、余りにも戦うという事に対して不安定な状態だ。
力が無いわけではない、技術がないわけでもない。
足りないのは、奪われたものは、身体の中心にある一本槍。
「なぁ、トシよう」
「……なんだよ」
「今の俺は力不足かもしれねぇ。
武士として生きるために一番必要な大事なモン持ってかれたんだ、
今向き合っても、マトモな勝負になるか分かりゃしねぇ………けどな、」
「…………。」
「今、総悟や万事屋が戦ってくれている。そしてトシ、お前もだ。
どれもこれも全部、俺の大切なモンばかりだ。
絶対に失くしちゃならねーモンばっかりだ。
それを守るためなら………俺は戦える気がする」
「近藤さん……」
ははは、と笑い声を上げて近藤はそれにな、と付け足す。
「俺は一人で戦うんじゃねぇよ。
トシも、皆も、一緒に戦ってくれるんだ。
………たった1人相手に負けるわけがねぇ」
頼りになる仲間達だ、自分が失ったものを補って余りあるほどの。
これ以上心強いものは無いのに、負けるなんて有り得ないだろう。
純粋にそう信じている近藤の目はどこまでも真っ直ぐで、土方は自分の憂いが
杞憂であったことに気が付いた。
もう、大丈夫なのだと。
「近藤さん」
「うん?」
呼ばれて首を傾げる近藤の傍に歩み寄って、その頬に土方は唇を押し付けた。
言葉無く目を瞬かせている相手に笑いかけ、腰に差していた刀を握り、かちゃりと
鯉口を鳴らす。
「迷いはねぇ。
この命に代えても、アンタは絶対に守り通す」
瞬間、ぼかりと頭を殴られて、呆気に取られた表情のままで土方は
近藤の顔を見た。
どこか気を害した様子で、彼は。
「馬鹿野郎!命に代えられちゃ困るんだよ!!
そんな事ァ、全部終わらせた後に言え!!」
「う…」
「全部片が付いてから、守り通したと笑ってくれ」
全く持って、仰るとおり。
敵わねぇなァと独りごちて、土方は頭を掻く。
「行こう、トシ」
「ああ」
近藤の言葉に頷いて、2人は同時に駆け出した。
黒煙が辺りを包む。
悪くなった視界に目を細めながら、沖田は肩からバズーカを下ろした。
はてさて、万事屋は上手く避けてくれただろうか。
「……ッ!?」
背後に殺気が生まれて、反射的に沖田は刀へと手を伸ばす。
柄を握り身体を反転させながら引き抜くと、同じ鉄をぶつける音が響いた。
そこに居るのは万事屋、ではない。
「チッ……アンタには避けられねぇで、当たって欲しかったんだがなァ」
「そりゃ残念だなァ、総悟」
にやりと相手の口元が笑みの形に変わる。
切っ先を弾いて大きく後ろへ跳ぶと、沖田は嫌悪の表情を浮かべて吐き捨てた。
「その顔もその表情もその声も……全部ニセモノなんだろ。
なんでェ、近藤さんから全部奪って、てめぇが真選組の大将にでも
成り代わるつもりかィ?」
太陽の光を帯びて煌く白刃をヒュッと一振りして、沖田が声を張り上げた。
「その顔で、その声で、俺の名を呼んでイイのはてめぇじゃねェ!!」
一度刀を鞘に収めると、沖田は居合いの構えを取る。
自身と相手が地面を蹴ったのは、同時だった。
−続−
全部終わってから、皆で笑えれば。