伊東の件があった時、大勢の仲間が死に、そして隊士の多くは真選組を抜けた。
特に江戸に出てから仲間に入ってきた人間の多くは、近藤勲という人間の
人となりではなく、純粋に江戸を守りたい、人々の助けになりたいという、
正義感から入ってくる者の方が多かったと思う。
あの一件で、きっとそんな隊士の多くが痛感したのだろう。
大将を務める近藤の、力量の限界というものを。

 

 

 

 

#27 滲む真赭

 

 

 

 

 

「……俺は知ってた。
 だが、周りがどう言おうが知ったこっちゃねぇ。
 勝手な理想を作り上げて、勝手に絶望した人間のことなんざ、思いやる
 理由も必要性も何もねーよ」
少し外を探ってくると、銀時と沖田が共に連れ立って出て行き暫く。
煙草に火をつけながら土方はぽつりとそう零した。
向かいのソファに座っていた近藤は、淡々と告げる土方の様子に困ったような
表情を浮かべた。
「だがトシ、真選組という組織を立ち上げた以上、そしてその大将の位置に
 俺が立っている以上、果たすべき責任てモンがある。
 正直……俺がその器かどうかの自信はないんだがなァ……」
「だーから、俺はそういう事を言ってんじゃなくてだな、」
煙草の先から立ち上る煙を追いかけるように目を向けながら、土方はどう言ったものかと
少し思案する。
「………例えて言うなら、真選組は俺達にとっちゃ目的じゃねぇ。
 目的じゃなくて……そうだな、理由、かな」
「理由…?」
「アンタの傍に居るための、理由さ」
それは恐らく自分だけじゃなく、沖田もだろうし、武州から近藤と共に出てきた仲間
全員に言えることだろうと思う。
伊東の件にしてもそうだ。
あの男が自分と同じで、真選組を目的でなく理由としていたならば、そして自分自身が
彼の力量を素直に認められていたならば、もしかしたら副長の座ぐらいは譲ってやった
かもしれない。
だが、あの男は違った。
真選組を、近藤勲を護る為の理由としてではなく、己を知らしめる為の目的としていた。
だからこそ、決定的に自分と伊東とは噛み合っていなかったのだ。
他の隊士にしたってそうだ、真選組という場所を、例えば江戸を護る為の、そして
攘夷の連中を滅ぼすための、あるいは己がのし上がるための、そういう目的としていた
人間は、きっとあの一件の時に伊東と共に滅ぶか隊を抜けるかしただろう。
そういう場所では無いのだと、皆きっと知っただろうから。
「真選組の大将としてアンタがどうなのか……まぁ、公の組織だからある程度は
 外面的なものも必要かもしれねぇさ。
 けど、俺は……少なくとも、武州の頃からアンタと一緒に居てアンタと共に
 戦ってきた奴らは、そんな所見ちゃいねーよ」
それを求める方が間違っているのだ。
そして、自分達は決してそれを目的にしてはいけない。
もちろん、この場所を残すためにやらなければならないことはあるだろう。
だが、そのものを目的にしてはいけないのだ。

 

 

「分かんねーかな、近藤さん。
 江戸を護るのもお偉い官僚の奴らを警護するのも、そりゃ必要なら俺達は
 何だってするさ。それが理由になるからだ。
 アンタと一緒に居るための……その理由になるから、俺達は戦っている。
 戦友とアンタが呼びたいならそう呼べばいい、けどコレだけは勘違いしねぇでくれ。
 真選組は、近藤さんが作ってくれた俺達の居場所だ。
 刀を捨てられやしねぇ、学も才もねぇ俺達が生きていける唯一の居場所だ。
 戦うしか能が無ぇ、俺達のたったひとつの居場所なんだ。
 ………だから、真選組を何かの目的にして良いのは、本当はアンタだけなんだよ」

 

 

極端な話、近藤が刀を捨てて鍬を持てと言うのなら、恐らく自分達はそれに従う。
そこに近藤勲という存在があるのならば、抗う必要は何処にもないのだ。
近藤は、真選組という組織を、刀を持ち続けていられる事を目的として作ってくれた。
刀を腰に差し、胸を張り、大手を振って道を歩ける場所にしてくれた。
本当ならば、それだけで充分なのだ。
それ以上を求めては、いけなかったのだ。
「まぁ、死人に口無しと言うからな……今更それを説いたところで
 どうにもならねぇ事ァ分かってるさ」
「トシ…」
「だから、ソイツ見つけたら……近藤さんのナリをしてようが、同じ声で喋ろうが
 んなモン関係ねぇ。問答無用で叩ッ斬る」
「………お前さァ、」
傍に置いた刀の鞘を握り締め吐き捨てるように言う土方を眺めて、近藤は額に手を当てると
重たく吐息を零した。
土方の言いたい事は分かっているつもりだ。
だけどどうしてか、素直に頷くことだけはできない。
いや、頷いてはいけないと、そんな風に近藤は思う。
真選組という場所を、己の中にある夢であるとか、野望であるとか、そういうものを
叶えるための目的の場として何がいけないというのか。
百を超える人数が揃っていた中で、全員が土方や沖田のような気持ちでいるとは
考えられる筈も無い。
百人居れば百通りの目的があったって良いではないかと、近藤は思うのだ。
この世の中を良くしようという、志さえ同じであれば良いのではないかと。
だが、きっとそれを言ったところで、恐らく土方と沖田からは賛同を得ることは
無いだろう。
それももう分かっているのだ。
「お前さァ………ほんと、俺の事好きすぎじゃね?」
呆れたような、諦めたような、そんな声で言う近藤に、煙草の灰を灰皿へと
落としながら土方が苦笑を零した。

 

「それこそ今更だっつーの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

通りの角にあった電柱に身を潜ませるようにして、銀時と沖田は前を歩く
男に視線を送った。
間違いない、あの背中は。
「……ゴリラじゃねぇか……」
「やっぱり、2人居るって話は本当だったんですねィ。
 旦那、どうしやす?」
「どうって……追うしかねェんだろうがよ」
小さく舌打ちを零して、銀時はちらりと沖田の方へ視線を送る。
「とにかく、近藤でもマヨラーでもいいから連絡取って、すぐに呼べ」
「へい」
素直に頷いて沖田が懐を弄って携帯を取り出す。
再び様子を窺うのに銀時が目を通りの向こうへやって、その両目が軽く見開かれた。
「なに…ッ!?」
ほんの今しがたまで居た筈の近藤の姿が無くなっている。
思わず電柱の影から飛び出して辺りを見回すが、横に入れそうな路地もない一本道で、
一体どうすれば見失うというのだ。
「どうなってんだ、こりゃァ……」
呆然と呟く銀時の頭上で殺気が膨れ上がったのと、沖田が声を張り上げたのは同時だった。

 

「旦那ァ、上だ!!」

 

反射的に身体を地面へと転がす。
自分の立っていた場所に刀が突き立てられたのはその直後で、思わず背中を冷たい汗が
滑り落ちて行く。
「……おいおい、マジですかー…?」
体勢を整えながら銀時が木刀の柄に手をやり、近藤の姿を見上げて思わず笑いを零した。
確かに姿形は同じかもしれない、だが、その目が、そして全身から滲むような
冷たい殺気が、これは別人だと銀時に知らしめる。
「ああ……疑って悪かったよゴリさん。
 こいつァもう、アンタとは違う生き物だよ」
酷く血走ったような、獣の眼。
遠い昔に、見たことがあるので銀時も知っている。

 

 

「ヤベぇな…………本物の100倍強ぇぞ、コレ」

 

 

気圧されて冷や汗の流れる頬を着物の袖で拭いながら、銀時は苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

ボス戦開始。

 

近藤さんとトシの会話のアレコレは、丸っきり私の中の
真選組観でしかないので、色々思うところは各自でお有りかと
思いますが、佐伯の中での真選組はこういう位置付けなんだなァ
ぐらいの広いお気持ちで受け取って頂ければと。