#26 思い出す花浅葱
「近藤さん…?」
「よう、ただいま総悟」
「………おかえりなせぇ、近藤さん!!」
万事屋の入り口で目を見開いたまま固まっていた沖田に近藤が笑いかける。
それだけで、あっという間に弛緩した沖田は勢いで近藤に飛びついた。
ぐりぐりと胸元に額を押し付ける沖田の頭を撫でてやりながら、近藤は
土方に目配せをして苦笑を零した。
どうやら相当心配をかけてしまっていたらしい。
ふと、一階に繋がる階段の向こうから、ガンガンガン!という荒っぽい足音が
聞こえてきて、何気無しに目をやれば。
「てめえェェェ!!このッ、クソゴリラァァァァ!!」
近藤が驚いて顔を向けるのと、その顔面に銀時の靴底がクリーンヒットしたのは
ほぼ同時だった。
冷やした手拭いを鼻頭に当てたまま、ぶすっとした表情をしている近藤の
両隣には土方と沖田が座り、そしてその向かいのソファには不機嫌な顔の
銀時と、彼を挟むように新八と神楽が座る。
何とも言えない空気に、傍に立ち見守っていた山崎は思わず肩を竦めた。
(………やだなぁ、今にも殺し合い始めそうだ…)
特に殺気立っているのは当然ながら土方である。
近藤の顔面に蹴りが炸裂した後、ブチ切れた土方が抜刀しようとしたのを山崎が
やっとの思いで押し留めていたのだ。
ちなみにその時山崎もとばっちりで5発ほど殴られた。
「……そもそも、いきなり蹴られる理由が分かんねー」
ぼそりと口火を切ったのは近藤だ。
ぶつぶつと痛かっただの、不意打ちは卑怯だの、文句を垂れ流している
近藤に青筋を立てたのが銀時である。
「だったら俺は、いきなり斬りかかられた理由が分かりまセーン」
「だからそれは…」
「俺じゃなくて俺そっくりの違う人なんですー、って?さっきも聞いた。
ありえねェ。三流じゃね?その言い訳。
今日日ショボイ刑事モンの犯人役でも言わねーってンなこと」
「だが実際に近藤さんは、ずっと俺と一緒に居た」
「それこそ信用できるかってーの、テメーがそのゴリを庇ってるかもって
可能性だってあるワケだろ?」
「現に……僕らもついさっき、近藤さんに会いましたから。
結局捕まえられませんでしたけど」
「じゃあ2人いるんじゃねーですかィ」
「振り出しに戻ったネ」
さっきからずっとこの問答の繰り返しで、もう聞き飽きたとでも言うように
ずず、とお茶を啜りながら神楽が呟く。
確かに信じる人間の方が少ないだろう。
この事実を信じてもらうにはどうするのが良いのかが、近藤には分からなかった。
「……あ、そういえば」
ポン、と手を打ったのは山崎で、彼は懐を弄ると沖田から預かった写真を取り出す。
自分は自分で、ちゃんと与えられた仕事をこなしてきていたのだ。
「沖田隊長……コレ、」
「ああ、どうだった?」
「それが……俺にも不思議なんですけど……」
近藤が斬り、土方が見たというこの男、何とか仲間に繋ぎを取って確認をして
みたのだが、不可解な事に処理をしたという者がいなければ、この写真を撮った
覚えのある者もいなかったのだ。
確かに無数の死体があったあの場所で、事務的に処理をこなす彼らが全てを記憶
しているかと問われれば疑問が残ってしまうけれど、それでも、ほんのひとつの
手掛かりさえ出てこないというのは、山崎にとっては首を傾げる現象だ。
「………どういう事なんですかねェ…」
「近藤さんは、この男に覚えがありやすかィ?」
山崎の疑問を放置したままで、沖田は隣の近藤へと写真を手渡した。
どれ、と写真を眺めた近藤の表情が僅かに強張ったのを、土方が見て眉を顰める。
「どうしたんだ、近藤さん?」
「コイツ………ああ、そうか………そうだったのか…」
「近藤さん、俺らにも分かるように話して下せェよ」
「………お前らさ、」
呆れた吐息をともに言葉を出しかけた近藤が、ふむ、とそこで言葉を区切る。
確か真選組には、一時急激に隊士の数が急増した時期があった。
土方や沖田に隊士全員の素性と顔を把握しろと言う方が無茶かもしれない。
「俺も……正直名前までは覚えてねェんだけどよ、コイツは一時期うちの隊士だった」
恐らく沖田より少し上だろうか。
まだ、年若い青年だった。
「………まさか、」
「けど近藤さん、コイツは攘夷側の人間ですぜ?」
「うちを抜けた奴が、そのあと攘夷につかない保証はどこにもねェさ」
信じられないと首を振る沖田に近藤が苦笑を零す。
漸く少しずつ、近藤自身の中で事が繋がりかけてきた。
今ではもう自分と姿形まで同じになってしまったけれど、そしてそれ以前の
姿がどうだったかの記憶は不自然なぐらいに曖昧だけれど。
だが、この目はとても良く覚えている。
確かに同じ目を、していた。
「何がしてーのか目的は分からん。
血眼になってコイツを捜したところで、見つかるとも限らねぇ。
此処まで迷惑かけちまったんだ、どっちにしたってこれ以上万事屋の
世話になるわけにゃいかんさ」
言って近藤が手にしていた写真を銀時に手渡す。
受け取った写真を横から覗き込もうとした神楽を片手で制して、銀時は初めて
自分に斬りかかってきた相手の顔を見た。
「………この目、確かにあン時の…」
「どうやら誤解は解けてくれたようだな」
「ふ…ん、でもよ、コイツ死んでんだろ?」
「その筈なんだがなァ……」
ガリガリと頭を掻きながら近藤がそう零す。
けれど確かにこの男は自分の前に現れ、そして全てを奪おうとしていた。
目的が何なのかは全く分からない。
「まァ、いいや。
とりあえずコイツなんだろ?
やられた分はキッチリ返さねーと、俺の腹の虫が収まんねーんだよ」
「……だが、」
「それに俺はもう2回も会ってんだぜ?
きっと3回目もあるに決まってるさ」
「それじゃあ……旦那、」
意外そうに目を瞬かせて尋ねる沖田に写真を回すと、銀時は仕方無さそうに立ち上がった。
ここはひとつ、オトリ作戦といくか。
「後でちゃんと請求書送っとくからな、出すモンは出してもらうぜ?」
−続−
今度はこっちが、追い詰める番だ。