最初に【それ】と対峙した時、姿形を持っていかれた。
2度目に会った時は、腰に自分と同じ刀を差していた。
そして3度目に会った時、初めて【それ】と剣を交えて、

 

 

 

 

#25 優しい秘色

 

 

 

 

 

「ソイツの目的が何かは分からねぇが……、このままいけば遠からず俺は全部を
 奪われてしまっていただろうな。
 そうして現れるのは、俺と全く同じものだったろう」
「………アンタと同じ人間なんてありえねぇ」
「だったら、俺と全く同じで、だけど俺とは全く違うもの、と言えばいいか?」
「なんか謎かけみてーだな」
今の話を纏めると、今、近藤勲という人物は2人存在しているという事になる。
そして今目の前にいる近藤は、もう一人の近藤を追っているというのだ。
まるで狐に騙されたかのような表情で、土方は押し黙る。
衝撃的、というわけではないのだが、一概に頷ける話でもない。
けれど近藤が嘘を言っている風にも思えない。
「正体には、心当たりがあるのか?」
「……本当のことを言えば、それもサッパリなんだ。
 どうしてこんな事になっちまったのかもな……でも、アレは放っておいて
 良いものじゃねェ」
「確かに……近藤さんのナリで、事件でも起こされちゃ面倒だ」
一般の人間に被害が及べば、さすがの自分達でも揉み消すことは不可能だ。
そういえば、と思い出したように土方は顔を上げた。
「近藤さん、あんた万事屋に会った覚えがあるか?」
「万事屋…?」
「あのヤローが、近藤さんに会って、斬られかかったと言っていた」
「………いや、覚えがねェな」
これもまだ原因が不確定だが、自分が目の前にして心がざわつくぐらいの
殺意が擡げたのは、真選組の連中に対してだけだ。
だからこの場所にさえ近付かなければ、逆に酷く穏やかだったと言っていいだろう。
3度目に対峙した時に、ソレは全て相手に持っていかれてしまったから、
今は誰に対してもそう思うことは無くなっている。
ならば別に放っておけば良いのではと一瞬脳裏を掠めたが、よくよく考えれば
相手は己と同じ姿形をしているのだ、放置はまずい。
「それじゃあ、万事屋が会ったってのは……もう一人の方と考えていいのか」
「だろうな。今のアレはただの人斬りだ、強いヤツを狙っても不思議はねェ」
「………近藤さんは、どうするんだ?」
「どうもこうもねェよ。
 もう一人の俺を見つけて始末する、それだけだ。
 それだけなんだが……」
「何か問題があるのか?」
「……トシ、ちょっと道場に来てくれないか」
「ん?」
「たぶん、俺の言いてェことが、そこで全部分かると思う」
真剣な表情で言ってきた近藤を不思議そうに見遣りながら、土方は手に持っていた
煙草を灰皿に押し付けた。
彼が何かを本気で訴えようとしているのだ、拒否する理由もない。
立ち上がり、行こうぜと声をかけた土方を見上げて、近藤は小さく安堵の笑みを浮かべて
ありがとうと礼を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

からん、と弾かれて飛んでいった木刀が孤を描いて床に落ちる。
思わず訝しげに顔を歪めた土方に、これが答えだと近藤は苦笑を零した。
「………近藤さん、」
「俺は、俺が持ってかれたモンを、取り返しに行かなきゃなんねェんだ。
 でなきゃ……俺が此処に居続けることは、きっと……できないだろう」
「今の……本気じゃなかっただけだろ?」
「馬鹿言え、俺がそんな事すると思ってんのか」
「いや、思わねーけど………いやいや、だけど、」
「だから言ってんだろうが、これが答えなんだよ、トシ」

 

 

例えば文字に置き換えて言うなら、覇気とか、気迫とか、そういったもの。

3度目に剣を交えて、根こそぎ奪われたもの。

 

 

飛んでいった木刀を拾って、近藤はヒュ、と一振りする。
その姿は普段と変わらないように見えるのに、一手交えただけですぐに分かった。
今目の前に居る近藤が、どれだけのものを失ってしまっているのか。
「なぁ、トシよう」
「……なんだよ」
「俺は、まだ、此処に居たいよ」
「馬鹿言うなよ、アンタの居場所は此処だ」
「だけど、居続けるために必要なものを、俺は失くしてきちまった」
「…………。」
構えていた腕を下ろし、俯いた近藤はふぅとひとつため息を零す。
それが何処かひどく小さいものに見えて、少しだけ土方は自分が苛ついているのを感じた。
煙草が吸いたいと考えて、さすがに道場は禁煙だったかと思い至る。
「それでも、」
ガリガリと頭を掻いて、仕方無さそうに土方はひとつ息を吐いた。

 

 

「それでも、アンタは此処に居たいと思ってんだろ?
 そのために、盗られたモンを取り返してぇって思ってんだろ?
 だったらやっぱりアンタの居場所は此処だ。此処に……居るべきだ」

 

 

そのために必要なことならば、自分も何だってしてみせる。
言えばとても驚いたような顔をした後で、近藤はふわりと穏やかな笑みを零した。
その笑みひとつでささくれ立った気持ちを落ち着かせてくれるのだから、
やはりこの男は大したものだ。
「さぁ近藤さん、万事屋に行って作戦立てようぜ。
 どうやってもう一人のアンタをおびき出すかをな」
「……トシ」
「総悟も、山崎も、みんなアンタを待ってんだ」
道場の出入口に向かいながら言う土方の背中を眺めて、近藤は困ったような、
だけどどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

 

 

 

 

結局、欲しい言葉を全部くれるのだ、この男は。

 

 

 

 

 

 

 

−続−

 

 

 

 

 

 

 

だから恐れることなく、前を向ける。