#22 繋がる虹色
「え、またすぐ出るんですか?」
「うん、ちょっと用事頼まれてね」
片付けの終わった新八が、自分と山崎の分のお茶を手に応接間へと戻って来た。
それを受け取りながらまた此処を出る旨を伝えると、新八は驚いたような顔で
山崎の方を見る。
「山崎さん、昨日だって全然休んでなかったんじゃあ…」
「まぁ、要所要所でこっそり休憩取らせてもらってるから、大丈夫だよ」
「……山崎さん」
「うん?」
湯飲みの中のお茶へと視線を向けると、新八はうん、とひとつ頷いてから
顔を上げた。
「山崎さんは、どうしてこんなに頑張るんですか?」
「……え?」
思いも寄らない問い掛けに、少し面食らった様子で山崎は問い返す。
「頑張る、って?」
「だって……土方さんも沖田さんも山崎さんも、みんな真選組を守るために、
近藤さんを助けるために、こんなに頑張ってるじゃないですか。
でも、山崎さんだって近藤さんに刀向けられたんでしょう?
土方さんだって怪我して……なのにどうして、」
「あの人はね、理由も無くあんなことはしない人だよ」
「それはそうかもしれませんけど……!!」
「ああ、そうか」
お茶を一口含んで、山崎はにこりと笑みを浮かべた。
「旦那が怪我させられたから、怒ってるんだね、新八くんは」
「……ッ」
図星だったのか、言われた新八の頬が僅かに赤らんで、ふいと視線は
横へと逸らされてしまう。
分かり易いなぁ、なんて思いながら山崎はコトリと湯飲みをテーブルに置いた。
「新八くん、昔話みたいなもんなんだけど、聞いてくれるかい?」
「………なんですか」
「今はもう居ないんだけど……以前、真選組に『先生』って呼ばれてる人がいてね」
「………もしかして、伊東さんって人ですか?」
「あ、そうか。万事屋もあの件には関係あるんだったっけ。
……でね、その先生がさ、ある宴会の席で僕に言ったんだ」
『此処に真っ白くて大きな布が一枚ある。
君はそれを使って真選組の旗を作れと上からの命を受けた。
ただし、メインに使っていい色は一色だけ。
さて、君なら何色にする?山崎君』
最初、それを言われた時にまた何を唐突にそんな事を、と酒の入った頭で
けらけらと山崎は笑い声を零した。
そんな山崎に伊東はあくまで「単なる心理テストみたいなものだよ」とだけ言う。
気楽に答えればいいと言われたが、山崎は思ったより真剣に悩み出してしまった。
白地の布だから、白なんかは使えないだろう。
隊服のカラーが黒なので、それなら黒をとも思ったが、なんとなく暗いイメージがある上に
どこか地味だ。
腕を組んで唸りを上げていると、そういえば、と伊東が思い出したように口を開いた。
そういえば、実は同じ問いを土方君と沖田君にもさっきしてきたんだ、と。
「へぇ?
あの2人は何て答えたのかなァ」
「気になっちゃうだろ?
俺も気になったからさ、先生に聞いてみたんだよね、あの2人は何て答えたのかって。
そしたらさ、何て言ったと思う?」
「……わかんないです」
土方なら黒って言いそうな気がするが、沖田はどこか奇抜な色を言い出しても
おかしくないと思う。
首を捻って新八がそう言うと、ふふ、と少し優しげな笑みを零して山崎が続きを
教えてくれた。
「先生があの2人に訊いたらね、『近藤さんと同じ色にする』って。
即答したってぼやいてたよ。
それで先生が『他人と同じ色はダメだって条件がついたらどうするんだ?』って
訊ねたらさ、今度は『それなら近藤さんに決めてもらう』だって。
あれには呆れたって、先生が言ってたよ」
「うわあ……そりゃまた、何というか……」
「どうしてそこまで近藤さんにしてもらいたいのか不思議だろ?
そう思って今度は先生その事を訊ねたんだって。そしたらさ、」
『真選組の象徴なんだ、それなら局長の近藤さんに決めてもらうのが相応しい。
心理テストなんだから、どうせ選んだ色が自分を表してるとかそういうのだろう、
その点についても何も問題がない。近藤さんが言うのなら、』
伊東が言った言葉をそのまま口に乗せ、途中で途切らせるとはぁ、とひとつ山崎は
吐息を落とした。
「……近藤さんが言うのなら、俺は何色にだってなってやる。
だってさ、馬鹿だよね?」
「……………。」
「だけど、どうしてかなぁ……馬鹿なんだけど、それが正しいって思えちゃって」
「山崎さんは?」
「え?」
「山崎さんは、どうしたんですか?」
「………ああ」
僅かに頬を緩ませて言う新八に目をやって、山崎は頷いた。
「俺さ、あの時酒入ってたからさぁ……何を思ったか、
本当に局長に訊きに行っちゃったんだよね」
何色にすれば良いんですかァ!?と突撃をかけた自分に、あの時の近藤はさぞ
驚いていた事だろうと思う。
だけど、話をちゃんと聞いてくれて、そして彼は最後に笑ってくれた。
「近藤さんは、何て?」
「真選組を象徴する旗なんていらねェよ、って」
「え?どうしてですか?」
きょとんとした目を向ける新八に、山崎は小さくナイショだよ、と呟いた。
あの時傍には土方も沖田もいなかったから、きっとあの言葉を聞いたのは
自分だけだっただろう。
『旗なんかじゃぁ、真選組なんて表現できねぇだろ?
俺を含めて此処に居る全員が、真選組の旗になる。
此処にいる隊士一人一人が、既に真選組の象徴なんだよ。』
唖然とする自分に、近藤が「見てみろよ、そう思えばやけにカラフルじゃね?」なんて
子供のように笑いながら言い出した。
トシは黒、総悟は緑、伊東先生は橙……ザキは、青だなァ。
そう言う近藤に、じゃあアンタは白ですよ、と言い返すと、黄ばんでんじゃねェよな?
と言って彼はまた大らかな笑みを零したのだった。
(………そうだ、局長は、そういう人なんだ。)
そういう人だからこそ自分達はついて行こうって決めた。
刀を失って項垂れている自分を、拾い上げて此処まで連れて来てくれて。
だからもし、もしも、今近藤の身に何かが起こっているのだとすれば、今度は自分達が
彼を助けてやらねばならない、今はその時なんだ。
「…いけね、つい長話しちゃったな。
早く行かないと沖田隊長にどやされるから、そろそろ出るよ」
お茶ごちそうさま、と飲み干した湯飲みをテーブルに置いて、山崎はそれじゃ、と
万事屋の玄関へ向かう。
靴を履いていると奥から足音がして、山崎が顔を上げるのと同時に奥からひょこりと
新八が顔を覗かせた。
「山崎さん、ひとつ聞き忘れてたんですけど」
「なんだい?」
「結局、山崎さんは何て答えたんですか?」
その言葉にトン、と爪先を床につけて靴を履きこむと、玄関の引き戸をガラリと
開きながら山崎は新八を振り返った。
「旗なんて要らないよ」
−続−
覚悟は、強く。